漁村の活動応援サイト
vol.8
2022.9.9

農林水産業分野における幸福感研究
(うみ・ひと・くらしネットワーク)

夏の1日 —白い雲と漁港横の海水浴場—

1. 農業・農村分野における幸福感研究

農林水産業分野における幸福感研究の成果は、2013年頃からまず農業分野において示され始めた。そこでは地域類型と幸福感の関係や、農村を特徴づける環境的要素と幸福感の関係、住民の地域活動への参加頻度と幸福感等の関係の抽出等が試行されてきた。ここではこれまでの主要な論文等を紹介して、農林水産業分野における幸福感研究のポイントについてみていく。

主要な論文としては、第一に幸福度の地域間格差(中心部、近郊部、山間部)を明らかにすることを目的に京都府南丹市を対象に調査して4つの資本(物的資本、人的資本(個人の健康状態や教育水準等)、社会関係資本(社会における信頼や規範、ネットワーク等)、自然資本)、時間、その他に分類した項目で農村分野の幸福感を示した田中里奈らの「居住地域の特性が住民の主観的幸福度に与える影響」1) を挙げることができる。アンケートによるこの調査では、人的資本はどの地域においても幸福度に対しておおむね同様の影響を与えている一方で、地域の物的資本と社会関係資本は地域類型によって異なる影響を幸福度に与えていることを明らかにした。

1) 田中里奈・橋本禅・星野敏・清水夏樹(京都大学)・九鬼康彰(岡山大学)「居住地域の特性が住民の主観的幸福度に与える影響」, 農村計画学会誌32巻論文特集号, 2013年

続く2014年に同じく田中里奈らが対象地域の人々から自由に語ってもらう質的調査によって、農村地域において幸福感に関わる要素を抽出した2)。これは海外で実施されたアンケート票の項目を翻訳したものを、文化が異なる日本の、しかも農村地域を対象とした調査にそのまま用いて対象地の幸福感を把握することができるのだろうかという疑問からとられた手法であった。

2) 田中里奈・橋本禅・星野敏・清水夏樹(京都大学)「農村地域住民の幸福度に影響する地域的要因の質的調査による探査—石川県珠洲市における聞き取り調査をもとに—」, 農村計画学会誌33巻論文特集号, 2014年

また、農村の環境面が人々の幸福感にどのように寄与するかについて明らかにすることを目的に行われた2016年の佐々木宏樹の「主観的幸福度アプローチによる都市と農村の比較分析」3) は農業関係に軸足を置いた丁寧な幸福感レビューを行ったうえで、自然資本と社会関係資本に焦点を当てた考察がなされた。その結果、主観的幸福度は一般よりも農村住民において高いものの、農村住民の女性と若手の幸福度が低いことや一方でIターン者の幸福度が高いことが示された。また、農村住民は農山村での活動頻度が高く、また地域の食や農に関する行動頻度が高いほうが幸福度が高いことも明らかにした。そして、国民の福利に貢献する農業・農村の価値についてあらためて定量的に把握し、農村の価値や魅力の再認識につなげたいとした。

3) 佐々木宏樹「主観的幸福度アプローチによる都市と農村の比較分析」『新たな価値プロジェクト研究資料 第1号 農業・農村の新たな機能・価値の評価手法開発』, 2016年

2. 漁業・漁村の幸福感に関わる研究

漁村における幸福感に関わる研究としては、2017年の竹村幸祐・内田由紀子・福島慎太郎「生業グループの社会関係資本と普及指導員の活動:農業者グループおよび漁業者グループのリーダー調査による検討」4) や2015年の竹村幸祐・内田由紀子「漁業コミュニティの社会関係資本と水産業普及指導員の『つなぐ』役割」5) を挙げることができる。これらの研究では、農業者・漁業者グループのグループにおけるメンバー同士の信頼関係がメンバーやリーダーの幸福感を支え、また、外の立場にある普及指導員や役場職員が、グループ内の連携・組織作りを促すうえで効果的な支援を提供することが可能であることが見出された。なお、上記の調査に際しては、私たちうみ・ひと・くらしネットワークが支援を受けている(一財)東京水産振興会が協力している。

4) 竹村幸祐・内田由紀子・福島慎太郎「生業グループの社会関係資本と普及指導員の活動:農業者グループおよび漁業者グループのリーダー調査による検討」農業普及研究第22巻第2号, 2017年
5) 竹村幸祐・内田由紀子「漁業コミュニティの社会関係資本と水産業普及指導員の『つなぐ』役割」『水産振興』第574号, 2015年

上記調査のメンバーであり、日本の幸福感研究を牽引している内田由紀子は次のような「文化的幸福観」という考え方を示している6)。「幸福は個人が感じるものでありながら、何を幸福と感じるかは実はその人が生きる時代や文化の精神、価値観、地理的な特徴を反映している。たとえば自然のなかで過ごすことで感じる幸福、消費のなかで感じる幸福は、どちらも幸せをもたらすものでありながら、前者はより自然豊かな地域で、後者はより都市的地域で感じられるものであり、農村部と都市部では幸せに関する考え方が違っているかもしれない。幸福はどのような状況に暮らす人もある程度理想とする感情状態でありながら、「どのように幸福を得るのか」はやはり文化によって異なっているのだろう」7)

6) 内田由紀子 「これからの幸福について—文化的幸福観のすすめ」 新曜社, 2020年
7) 前掲本「はじめに」(ⅴページ)

そして、このような「文化的幸福観」は生業や気候などの社会生態学的環境によって追及する幸福感が異なり、また、ものの考え方や他者とのつながり方、自分自身についての考え方なども異なってくるとみられるという。ここで触れられている文化的幸福観は、幸福感のものさしといえる「尺度」とも強く関係し、内田らは個人の幸福が目指されがちな欧米と異なり、つながりを重視する日本やアジアにより適合する尺度を提案している。これについては、後の連載で触れたい。

このように2010年代に農林水産業に関わる幸福感研究が進むなか、うみ・ひと・くらしネットワークでは同じ第一次産業である農業・農村とも異なる生活環境や労働特性、それらに強く規定される社会関係を形成している漁業・漁村の幸福感について明らかにしようと、2017年から(一財)東京水産振興会の支援のもと「地域漁業と漁村コミュニティの実態並びに女性の役割に関する研究」及び「漁村コミュニティの幸福感と持続性に関する研究」に取り組んでいる。

荷捌き場のピンクカラー、アカマンボウ
宝船に乗っている七福神のうち唯一の女性神、弁財天
目次へ