漁村の活動応援サイト
vol.9
2023.4.27

幸福感を測る「尺度」について
(うみ・ひと・くらしネットワーク)

家と船が集まる漁村の夕景

1. 人生満足感尺度

幸福度に関する主観的な指標である主観的幸福感については、近年、心理学だけでなく経済学など幅広い分野で研究が行われるようになってきている。しかし、幸福感を測定すること、すなわち心のなかで感じていることを測定することが果たしてできるのだろうか。

心理学調査では、幸福感研究の権威といわれているエド・ディナー教授らが開発した「人生満足感尺度(Satisfaction with Life Scale)」が幸福感の測定によく使われている(SWLS; Diener et al. 1985)。それは次の5項目の質問で構成されている。

① 私は自分の人生に満足している。
② 私の生活環境は素晴らしいものである。
③ だいたいにおいて、私の人生は理想に近いものである。
④ もう一度人生をやり直すとしても、私には変えたいと思うところはほとんどない。
⑤ これまで私は臨んだものは手に入れてきた。

しかしながら、この人生満足感尺度による主観的幸福感を国別にみると得点の差が生じ、例えば日本では欧米諸国と比べて低い傾向が示されているという1)

1) 内田由紀子『これからの幸福について 文化的幸福観のすすめ』新曜社,2020年

2. 協調的幸福感尺度

「日本では穏やかで、人並みの、また自分だけではなく他者とともに実現される幸福が重要になることも多く、人生満足感尺度ではあまりうまく日本の幸福感が捉えられていないのでは」ないかと、内田らに開発されたのが日本的幸福の定義に基づく「協調的幸福感尺度」(Hitokoto & Uchida, 2014)である2) 3) 4)

2) 内田由紀子『前掲本』
3) 主要な尺度のひとつに、Ryffの心理健康尺度(PWB: Psychological Well-Being Scale)もある。これは、①自主性、②環境制御性、③個人的成長、④人との積極的関係、⑤人生の目的、⑥自己受容の6尺度の程度を測定するように構成された各14項目から成る心理的な健康度を評価する尺度である。
4) うみ・ひと・くらしネットワークによる漁村住民の幸福感アンケート調査(2020年・2021年)は、Ryffの心理健康尺度と協調的幸福感尺度を利用してアンケート票を作成した。

協調的幸福感尺度は「他者との協調性と他者の幸福」、「人並み感」、「平穏な感情状態」の3つの要素が重要であるとされ、次の項目の質問で構成されている。

① 自分だけでなく、身近なまわりの人も楽しい気持ちでいると思う。
② 周りの人に認められていると感じる。
③ 大切な人を幸せにしていると思う。
④ 平凡だが安定した日々を過ごしている。
⑤ 大きな悩み事はない。
⑥ 人に迷惑をかけずに自分のやりたいことができている。
⑦ まわりの人たちと同じくらい幸せだと思う。
⑧ まわりの人並みの生活は手に入れている自信がある。
⑨ まわりの人たちと同じくらい、それなりにうまくいっている。

この尺度は幸福を捉える日本的なくせに基づいて作成されており、当然、日本において高い値が確認されている。しかし日本のみならず、他文化においても幸福感の協調的概念は重要であり、これまで北米、ドイツ、韓国などの他国においても十分な妥当性が確認されているという5) 6)

5) 2021年には、中坪太久郎らが「幸福感尺度使用の現状と今後の展望」としてこれまで用いられてきた幸福感尺度使用の現状について整理し、今後の展望を示している。
6) 内閣府の「幸福度に関する研究会」の議論も参考になる。

3. 漁村の持続性と人々の幸福感について

幸せの捉え方の個人差は当然あるが、同じ社会に暮らす人々の間で幸福の概念がある程度共有されているという。総合的な幸福感の尺度と上記の協調的幸福感尺度が相関する程度は、日本国内では都市部よりも地方部で高いことが示されている。内田らは協調的幸福感尺度の国別差や地域間差(都市部と地方部、農村のなかの地域差、農村と漁村等)についても調査研究を進め、人の価値観(人生で何が重要か)や自己観(アイデンティティ)、それと関連する社会行動(社会階層、流動性、産業構造など)を検証することが必要であるとしている7)

7) 内田由紀子『前掲本』

持続可能な漁村のあり方を考えるうえでは、漁村の人々の幸福感や価値観、それによる社会行動を把握することが重要であるといえる。従来、採捕漁業を中心としてきた漁村では、人々の個人的達成感は自然条件と漁業者の能力、運などが複雑に絡んだ結果として示される水産物の生産(漁獲)がその基礎を成してきたと推察される。漁業種類によっても異なるが、採捕漁業においては他の漁業者がこの漁獲のライバルであると同時に、漁村や地域漁業の継続を図るための資源管理等を一緒に行う仲間でもあるという関係にある。このような漁村に暮らす人々の個人的達成感に基づく幸福と協調的幸福感の関係は、同じ地方部であっても農村とは異なることが容易に想像される。その漁村でも、近年の政策的な資源管理の進展や養殖業の展開により協調的幸福感が変化しているのではないかと推察される。

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