漁村の活動応援サイト
vol.1
2020.5.11

漁港×アイデアで叶える「猫と人の幸せづ合同会社Yaika factory代表 井川 愛さん

同じ高知県民でも、その地名や場所を知らない人は多いという小さな集落・矢井賀(やいが)。ここに2016年秋、東京から単身、移住した井川愛さん。ソーシャルビジネスで起業したいという彼女、その計画を聞き、いち早く「協力するよ!」と手を挙げてくれたのは、限界集落となった町の行く末を案じる地元のおばあちゃんたちでした。こうして始まった、高知の鮮魚を活用した猫のおやつ作り。今では全国から予約が殺到するほどの人気商品に成長!その背景や苦労についてお話しを伺いました。

プロフィール

井川 愛(いかわ あい)

千葉県出身。短大卒業後は販売職、OLなどさまざまな職を経験し、2004年からは事務所に所属して、結婚式の司会を10年間務めた。2011年に結婚。その後38歳で、体調を崩したこともあり主婦業に専念。2016年秋、ソーシャルビジネスでの起業を目指し単身、高知県に移住。地域おこし協力隊として1年半活動し、2018年4月には、地域の高齢者を雇用し、地元の鮮魚を使って猫のおやつを製造、販売する合同会社Yaika factory を立ち上げた。

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太平洋に面した美しい港町・矢井賀。JR高知駅から車で約1時間

あ、ここに住もう。東京から単身、移住

もともと私は、結婚式の司会業をしていたのですが、30代後半になり体調を崩して退職。東京で専業主婦になるも、2年ほどで「自分には向いていない!」と痛感し、起業を考えるようになりました。その頃、読んでいた本の影響もあり、これから始めるなら社会に貢献できるソーシャルビジネスがいいな、と。そこで、自分が大好きな猫のことで、何かできないかと考え始めました。

それとはまったく別のところで、「60歳を過ぎたら、海辺の街に住みたいね」という夫婦共通の夢がありました。ある日、夫とともに軽い気持ちで『移住フェア』に足を運ぶと、そこに高知県のブースがあって。窓口の担当の方々がとにかく明るくて、ゆるい感じ(笑)、そのラテンのノリに「私、合うかもしれないな」と思ってしまったのです。
話が盛り上がり、とにかく一度、高知県に行ってみよう!ということになった。我が家には猫がいるので、夫に猫のお世話をお願いし、まずは私が先に高知県に足を運ぶことに。夫も「行っておいで」と快く送り出してくれました。

高知に行くと、移住相談員の方がいろいろな街を案内してくれました。が、矢井賀に来たとたん直観で、「あ、ここに住もう」と。海が見えるコンパクトな街、道を歩いていると住民の方々が気さくに声を掛けてくれる……。起業のことなど、まだ何も決めていませんでしたが、すぐに移住相談員さんに「ここで家を探してください」とお願いしてしまいました。

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南国らしく、いたるところでレモンやキンカンなどが実をならす矢井賀の街。お店も信号もなく、人口は200人弱、そのうち6割が65歳以上という。唯一あった小学校も、現在は廃校に
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かつては漁業で栄えた街。入り組んだ細い路地に家々がひしめきあうように建つ漁師町らしい風景

旅行から帰ってきたら、夫は私が本気で移住すると言いだしたのでビックリ!彼の仕事は転勤が多く、次はどこへ引っ越すかわからない。だったら、私は私のやりたいことをやりたい場所で実現するために、離れて暮らすのもいいんじゃない?と。ギリギリまで話し合って、一応、理解してもらったつもり(笑)。今はもちろん、だれよりも応援してくれています。

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転勤族で現在は静岡県に暮らす夫も、たびたび矢井賀の町を訪れてくれる。妻の影響で彼も大の猫好きになったとか

名付けて『港の猫とおばあちゃんプロジェクト』

何度か矢井賀に足を運びつつも、貸してもらえる家が見つかるまでは半年ぐらいかかりました。その間に私は東京で、ソーシャルビジネスに詳しい恩師に相談しながら、事業のアイデアをブラッシュアップ。「高知といえばカツオだよね」という話から、すでに大手企業が高知のカツオを使った猫のおやつを販売しているけれど、本社は県外にあるため地元にお金(税金)が落ちるわけじゃない。私は、地元のものは地元で売りたい、などと話していたら、「じゃあ、高知のお魚を使って、高知で猫のおやつを作ったら?」とアドバイスをもらった。それが始まりとなりました。

さらに矢井賀の役場の方からは、「地域おこし協力隊になって、事業の準備を始めてみては?」というお話しがありました。お恥ずかしながらそれまで、都内でマンション暮らしの私には「地域をおこす」という概念がなく、そのために活動している人や仕組みがあることも知りませんでした。聞けば、お給料と活動経費をいただきながら、起業準備ができるとか。それはいい!ということで、協力隊に応募しました。
また近く開催される高知のビジネスコンテストにも応募するよう勧められ、ビジネスプランの中にも、より地域を盛り上げるためにできることはなにかを意識するようになったんです。こうして、猫、人、街と自分が幸せにしたいと思うものがぐるりとつながるプランができあがりました。名付けて『港の猫とおばあちゃんプロジェクト』です。

猫のおやつを作って販売し、その売上げの一部を保護猫の活動をする人や団体に寄付。加工作業では地域のおばあちゃんたちを雇用し、殺処分などを含む猫のさまざまな問題と日本の地方の高齢化、過疎化にも働きかけるプロジェクトです。

数年前に愛猫が糖尿病になった時から、本当に体にいいものを食べさせてあげたいと思っていました。また、高齢化問題については、私の祖母が老人ホームで暮らしつつ、最期は心臓発作を起こし、病院で亡くなったことが心の中にありました。もともと元気な人だったので、本当は最後まで生き甲斐を持ち、社会で活躍したかったんじゃないかな。だから、高齢者のやりがい作りも、心からやりたいと思える柱のひとつになりました。
どんなにいいプランでも、心から自分がやりたいと思えることでないと頑張れない。その結果、話題になり、地域にいろんな人が来てくれるようになれば、自然と地域の活性化に繋がるのではないかと考えています。

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矢井賀で借りた一軒家で一緒に暮らす愛猫のオルカ君(♂)。数年前に糖尿病を発症し、現在は毎日インスリン注射が欠かせない。オルカ君が「美味しく食べられて、体に良いもの」を求め、『お魚グリル』が誕生した

地域のおばあちゃんたちが、いち早く協力

私が移住する前から、役場の方が働きかけてくれて、矢井賀のおばあちゃんたちが6〜7人もこのプロジェクトに「協力する!」と手を挙げていてくれました。さらに移住3日後に開催されたビジネスコンテストで、みごと優勝。賞金50万円という軍資金もいただき、順調な立ち上がりでした。
そこからみんなで、猫のおやつ作りを実践。魚を薫製にしたり蒸すなどして、どうすれば猫が喜んで食べてくれるのか、関東の保護猫カフェの方々にも協力をしてもらい、数か月かけて実験を繰り返しました。ああでもない、こうでもないとみんなで。この時が一番、楽しかったですね。
矢井賀のおばあちゃんたちの中には、夫が自営業や経営者だったというメンバーも多く、経営の話が通じたり、魚の加工も単なる作業ではなく、商品としてきれいに仕上げなければいけないというようなことをもともと理解できる面々が揃っていた。そこは本当に助けられました。

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平均年齢70代以上。「若い人と話すと気が若くなる!」と楽しみながら作業をしているというおばあちゃんたち。「明日やるよ」と電話をすれば、都合がつく人が来てくれる「ゆるい」スタイル。時給制で今のところはおこずかい程度だが、少しずつアップできるよう頑張りたいと井川さん

その日とれた魚にこだわり、仕入れに苦労

しいて言えば、苦労したのは鮮魚の仕入れ先探しでしょうか。太平洋に面した港町なので魚をタダでもらえることも多かったのですが、鮮度にばらつきがあり、少しでも鮮度が落ちた魚は猫たちが食べなかったのです。また、ペットフードとして販売するには、材料の仕入れ先を明らかにする必要があり、無料で入手した魚は扱いにくいという点もありました。
それで、いろんな漁師さんの話を聞いて周りました。すると今度は、全体の漁獲高が減っていることや魚がとれても安さを求められる市場では、漁師の労力に見合った報酬が得られないこと、そしてそのために、漁師の担い手がいない悩みなどを聞くようになりました。ここにも、社会問題があったわけです。

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以前は豊かな漁師町だったが、高齢・過疎化で漁師の数が激減した矢井賀。地元では安定して魚が手に入りづらくなってしまった

私も、なるべく安く仕入れたいけれど、漁師さんに負担を強いる取引ではなく、持続可能な取引でありたい。そこで、傷がついたり、磯の香が強すぎて人気がない魚など、市場では値が付きにくい魚を直接漁師から仕入れる作戦にしました。週に2日程度で、1回の仕入れは4〜6kg。小口のうえ、猫の体に良くない魚種は避けてもらうなど、ある程度の仕分けをお願いしなければならず、その手間に対応できる漁師さんがほとんどいませんでした。

そんな中、隣町の須崎漁港で若い漁師さんたちと出会いました。話をすると、喜んで協力する、と言ってくれたのです。その日の朝にとれた魚の中から、猫の好みに合うものを選別して、売ってくれる。魚種によって価格は若干、変動しますが、大きく上回らないよう調整してくれるなど、細かな対応もしてくれます。

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平均年齢34歳という若い漁師13人が集まる『九石大敷組合』。SNSでの発信などにも力を入れ、若い自分たちがこれからの漁業を盛り上げていこうと頑張っている
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豊富な魚種があがることが自慢の須崎漁港。特にこの日は、鯛にサワラなど人間が食べてもおいしい、ご馳走魚がズラリ

全く売れなかった『お魚グリル』。今では数カ月の予約待ちも

原材料を「その日にとれた生の魚」にこだわることで、他との差別化を。だからこそ、魚種も変わりますし、海が荒れて魚がとれない日は販売もできない。自然の営みとは本来そういうことだと、お客様にも説明し、それをヨシと思ってくださる方にだけ、お分けしたいと考えました。
はじめのうちは、全く売れませんでした。買ってくれたのは、もともと協力してくれていた東京と千葉にある保護猫カフェ、2軒だけ。でも、地元のテレビやラジオ、新聞で取り上げてもらい、インターネット検索で上位に挙がってくるようになると、NHKなど全国区の番組からも取材が来るようになりました。
そして、2019年3月にフジテレビの人気動物番組で紹介されると一気に注文が殺到し、パンク状態に。まったく生産が追いつかず、しばらく販売停止とさせていただいたぐらいです。現在は、先の予約を取らず、販売できる時にメールマガジンで登録者にお知らせ。すると、これも1分ほどで完売してしまう状態です。

もちろん、この人気がずっと続くとは思えません。実店舗ではなく、通販なので締め切った先に、果たしてどれぐらいのお客様が並んでくださっていたのかも分からず、本当のニーズがどれぐらいあるのか、分かりづらい面がある。それでも、毎月注文してくださるリピーターさんが、既に80名。本当にいいものだと理解して、じっくりお届けを待ってくださるお客様が増えるのは、本当にありがたいですね。
今後は、私の右腕となってくれる従業員を1人雇用したいのと、作業をしてくれるおばあちゃんたちを増やしたいと思っています。作業は60歳以上としているのですが、60代や70代ってまだまだ元気。外へ働きに出ていることも多く、地方においても人手が不足している状況です。もっと地域の人に、ここで働きたい!と思ってもらえるよう、頑張りたい。そのためには多くの人に、この取り組みを知ってもらうことだと考えています。

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入手した中古のプレハブを別の場所から解体して運び、ほぼDIYで建て直したという加工場。おばあちゃんたちが歩いて来られる集落のほぼ真ん中に建つ
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猫のおやつ『お魚グリル』の作り方はとてもシンプル。まず、魚を3枚におろし、すべての骨をとったら、決まった重さにカット
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何も足さずに魚焼きグリルで焼く。焼きあがると、水分が抜けて1個約10gに。これも実験を重ねて、猫が食べ切れる量を見極めた結果
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冷ましてひとつずつ、真空パックに。裏に製品ラベルを貼って、冷凍すると完成
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安心安全な猫のおやつ『お魚グリル』は、10個セットで2,200円(送料・税別)。クール便で送られてくる。箱を開けたとたん、矢井賀のおばあちゃんたちの笑顔やゆったりとした空気が伝わってくるよう
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商品に同梱される商品やプロジェクトのことを紹介する印刷物。愛猫のおやつとしてだけでなく、さまざまな社会課題を解決する試みとして、『お魚グリル』のファンになる人も多い

取材・文

塩坂佳子(しおさか よしこ)

ライター、編集者。合同会社よあけのてがみ代表。『石巻さかな女子部』主催。
長く東京で雑誌の仕事をしていたが、東日本大震災後はボランティア活動をしに東北へ通い、2015年秋には宮城県石巻市へ移住。石巻市産業復興支援員を経て、2017年にはオリジナルキャラクターブランド『東北☆家族』をはじめ、東北のさまざまなことを企画・編集する合同会社を設立。魚の街・石巻から日本の魚食文化復活を叫ぶ『石巻さかな女子部』部長としても活動する。

編集後記

猫×漁港×高齢者という発想に興味を持ち、さっそく井川さんにメールで取材依頼をしたところ、「ぜひ、未来会議の日に来てください!」とすぐにお返事をいただきました。これは、地域の人たちで街の未来を考えようという取り組み。井川さんが主催するもうひとつの街づくり団体『矢井賀つむぐ』が中心となり、今回で4回目の開催になるとのことでした。私が住む石巻でもこうした会議は多々ありますが、高齢の住民さんが参加する姿はあまり見受けられません。他人任せではなく、自分たちでなんとかしたいという熱、井川さんが言っていた「元気なお年寄りがたくさんいる街」は、たしかに魅力的と感じました。知恵や技術を伝え、若い力を応援して育てる。衰退の一途と言われる水産業や日本全国に広がる過疎化の問題にも、この街の姿がヒントになるかもしれません。とても有意義な取材でした。

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『未来会議』の様子。県外からもいろいろな分野の専門家などが登壇。住民も興味津々、「刺激になる」と喜んでいました。遠く、宮城県石巻市から取材に向かった私も、この日は登壇者のひとりとして招かれ、東北の復興や街づくりについてお話しをしました