江戸前寿司のコハダは有明海生まれ
江戸前寿司に欠かせない寿司ネタのコハダ。銀色に光輝くコハダを捌き、塩と酢で締める江戸前寿司は腕利きの職人によって江戸前の華となる。
コハダ(ニシン科コノシロ属)は、古くは万葉集にもその名が読まれているほど古くから日本人に馴染みの深い魚で、幼魚のシンコ、コハダ、ナカズミ、コノシロと成長に伴いその名前を変えていく出世魚だ。 最も重宝されているのは体長4〜5センチのシンコやコハダ。 なかでも脂がのって美味しいコハダとなると断然有明海産だという。
有明海は九州北西部にある湾で、福岡・佐賀・ 長崎・熊本の4県にまたがり、干満差は最大6メートル。 日本一を誇る干潟は沖合12キロまでに及び、佐賀県藤津郡太良町は潮の満ち引きの大きさを実感できることから「月の引力が見える町」をキャッチコピーにしている。
「竹崎コハダ女子会」誕生
「竹崎蟹」で有名な太良町竹崎地区は人口600人ほどの漁村で40隻ほどが漁に出る。この地域でのコハダ漁は主に投網で行われ、水揚げされたコハダの大半は東京豊洲市場へ出荷されている。 銀座の高級寿司店で人気のコハダだが、地元の飲食店等ではあまり販売されていないという状況だ。
4年前、竹崎地区の光福寺(浄土真宗本願寺派)坊守の合浦智子さんが寺で開いている「お習字サロン」に、ひとりの県庁職員がやって来た。 竹崎では何が獲れているかリサーチさせて欲しいという。 市町と一緒に「自発の地域創世プロジェクト」の取組を始めた佐賀県が、太良町で着目したのがコハダだった。
コハダでの地域おこしを提案されたが、蟹や牡蠣ならともかく「コハダばやぁ(コハダをですか)?!」と思わず口をついて出るほど日常に溶け込んだ魚のコハダ。 それでも「県がそういうなら何か協力しなきゃ」と、コハダのみりん一夜干しを試しに県庁で販売してみたら、70パックがなんと15分で完売。 「外からの反応がすごかったのが刺激で、私たちにとっては当たり前の食材だったんですが、すごい!といわれるのが逆に自信になりましたね」と言うのは、会の代表の舩口直子さん。 「これは何かしないともったいない!」と、元気いっぱいのお習字サロンの面々は勇気百倍、「竹崎コハダ女子会」の誕生につながった。 コハダの美味しい食べ方を試行錯誤するメンバーは、平均年齢30代の漁師の若嫁さん6名に舩口さんと副代表の合浦さん、8名のグループだ。 イベント前の準備は、家事、漁、子供の世話の合間を縫って、専用の包丁を手に時間との勝負、鮮度が命だ。
「コハダ食堂」開店
県の後押しもあり、2017年10月に町内の食材と組み合わせたコハダ天ぷら丼の試食会を開催。 翌年3月には1万人が参加する「さが桜マラソン」おもてなしブースに「コハダを食うなら 銀座か佐賀」と銘打ってコハダフライで出店したところ大人気。 全部で330個が完売したという。 気をよくして「6月30日に第1回コハダ食堂やります!」と告知したところ竹崎中から大ブーイング。 というのも、7月1日午前0時にクラゲ漁の解禁を迎える漁師さんたちにとって、前日6月30日は出漁準備に追われる大変な日。 「なんでこんな大事な日にそんなことするかー!!と若嫁さんたちが怒られて、ひぇ〜って感じでした」と合浦さん。 坊守さんならではの失敗談だが、押しずし、天ぷら丼につみれ汁、この日光福寺での「コハダ食堂」は大成功だった。
新郷土寿司「太良四季彩ずし」
そんな女子会にある日突然、東京で「酢飯屋」を営む岡田大介さんがやって来た。 全国各地の本物の食材と郷土寿司を探訪し、地元ならではの食材で手軽にできる郷土寿司を提案し店でも提供しているという。 緊張しながら接待したという女子会のメンバーだが、気さくな岡田さんの人柄に最後は意気投合、再会を約束した。 10月には一緒に漁業体験、11月にはコハダを使ったチラシ寿司を太良町の新郷土寿司として誕生させた。 岡田さんの言葉を借りると「コハダはとことんお寿司と相性がいい魚」、名付けて「太良四季彩ずし」*。 コハダ以外の具材は季節に応じて地元産の芝エビや赤貝にアサリ、アスパラやキヌサヤ、ミカンやレモン等の柑橘を合わせて楽しむことができる。 太良町は柑橘類や養豚、アスパラのブランド化にも力を入れているという。
*「太良四季彩ずし」は Discover Japan 5月号 に掲載されている。
コハダ好きの綾野剛さんを竹崎に!
お寺で勉強会を始めた4年前、合浦さんは「こういう地域の活性化のタネが大きく花開いてほしい」と書いている。 今や「竹崎コハダ女子会」は新聞やテレビといったメディアに取り上げられることもたびたびだ。 優れた食材の供給元として「ミシュラン福岡・佐賀・長崎2019特別版」の出版記念パーティーに会を代表して参加した舩口さんと合浦さん。 「慣れないハイヒールは足が痛くて、すぐにパンプスに履き替えた」と笑う彼女らの立ち位置は、この4年で大きく変わっている。
勉強会を重ね進化する女子会は食品加工への本格参入を目指しており、すでに加工場を作る準備に入っている。 町内での消費拡大はもとより、コハダを食べに多くの観光客に来てもらう、あわよくば大のコハダ好きという噂の俳優・綾野剛さんに、銀座ではなく佐賀・竹崎でコハダを食べてもらいたいというのがメンバーの密かな夢らしい。
現在新型コロナウィルスのために「コハダ食堂」も加工も一時的にストップしている状態。一日も早い収束が望まれる。