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vol.10
2020.10.12

真珠の産地から贈るわたしたちのハート
立神たてがみ真珠養殖漁業協同組合女子部三重県志摩市阿児町

「『かわいい』は、『かわいい』ですよ」

自分たちで製作した真珠のアクセサリーのことで、「どこが魅力なのか?」と男性に問われ、彼女はそう答えたという。

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真珠養殖発祥の地に「女子部」誕生

真珠養殖発祥の地で、現在も国内有数の生産地として知られる志摩半島南部の英虞あご湾。湾奥の立神地区にとびきり元気を振りまくグループがあると聞いて、取材に行ってきた。

グループの名前は、立神たてがみ真珠養殖漁業協同組合女子部(以下、女子部)。組合職員の森口弘美さんと、組合員の女性養殖業者たちとで平成24年に結成。会員は12人で、40,50代の年齢が中心だ。真珠のPRを目的として県内外のイベントに出張し、地元小中学校での出前授業やオリジナルの真珠アクセサリー商品の製作販売にも取り組んでいる。

真珠養殖の仕事をする女性が珍しいわけではない。しかし、県外で自己紹介をすると「えっ、海女さんですか!?」と驚かれることもあるらしい。だから、「真珠養殖のことをきちんと知ってもらわなきゃと思ったのも、女子部を結成した理由の一つです」と森口さん。念のため書いておくと、女子部は、夫や家族とともに養殖いかだの上で働く生産者が中心。海女が真珠の母貝にするアコヤガイの採取をしていたのは、明治から戦前ごろまでのことだ。

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女子部のメンバーたち
写真提供:立神真珠養殖漁業協同組合女子部

自分を信じて、等身大の心で

ところで、冒頭のやりとりは、組合事務所にある商品展示スペースで、女子部の雑談から聞いたものだ。組合のアクセサリーの製作と販売は、女子部に任されている。

男性中心の生産者組合で女性が表に立ち、商品を直販しているというのは極めて珍しい。真珠業界は生珠を出荷する生産者(養殖業者)と、それを加工して商品にするメーカー、販売店の区分が明確で、生産現場が消費者と直接つながることは、ほとんどなかった。

製作といってももちろん、加工メーカーの職人と同じ物は作れない。ただ、素材である真珠には最も詳しく思い入れも深い。彼女たちは、自分の感性で選んだ金具と組み合わせてデザインし、自信を持って薦めることで徐々に売上を伸ばしてきた。冒頭に掲載した写真はプレゼントに人気の商品で、“天使のはねペンダント”。価格は税込み2万5000円。

昔から真珠と言えば指輪、ネックレス、イヤリングの三種が定番で、フォーマルな場で身に着けるものと認知されてきた。ただ、そういったものは価格も数十万円となりおいそれと手を出せない。贈られても「気軽に身に着けられない」のが悩みどころだと森口さん。「かわいい」へのこだわりといい、彼女たちの商品作りは等身大の女性の心に根差している。

「自分たちが心の底から欲しいと思えるものを、買ってもらいたいんです」

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森口さん(左)と女子部メンバーの北村智美さん

遠くても伝わる「作り手の顔」

接客については、女子部のメンバーのうち3人が真珠のアドバイザー資格を取得した。しかしそれ以上に武器となっているのは、生産者としての経験と現場で得られる生の情報だという。

立神地区は志摩市内でも駅や市街地から遠く、足を運ぶお客さんはなかなかいない。注文を受けるのはほとんど電話かネットとなる。森口さんは、「生産者がどんな思いで真珠を育てているかを伝えるようにしています。離れていても作り手の顔が見える販売をしたいんです」と語る。

例えば女子部が発信しているブログやSNSでは、商品のことだけでなくいかだや船の上での作業、海で見つけた生き物のことなど、真珠を育む海と人の姿を発信している。コロナ禍で対面の機会はいっそう減るが、今後はスマートフォンを使ったリモート販売にも挑戦したいと話していた。

いかだの上で働く女性たち

日を改めて8月初旬、立神地区の真珠養殖場、井上真珠を訪れた。

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養殖いかだが浮かぶ入り江の陸の小屋で、核入れ作業をしていた。女性3人と男性1人が並んで椅子に座り、手術器具を操ってアコヤガイの貝殻を開き、白い球の「核」と、1〜2ミリ四方の「ピース」(外套膜片)を挿し入れていた。手術後、海に戻したアコヤガイの体内で外套膜片が作用して、核が美しい真珠層をまとっていく。

井上真珠のオーナーは、夫の光さんと妻の寿美さん。光さんはアコヤガイを運搬し、寿美さんは核入れのスタッフに混じって小屋に詰め、ピースを切り出す役をしていた。核入れを滞らせないよう、時間に追われながらの緻密な作業だ。

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ピースを切り出すため不要部分を除去しているところ

「核入れの時期は朝5時に起きて、支度をしてここで8時から夕方5時まで作業をします。わたしなんかは遅いほうで、早朝4時に作業を始めるところもありますよ」

核入れを終わった後も、大抵は日が沈むまで居残りの作業がある。そして翌日からは、光さんと女性スタッフ2人がいかだの上の基地小屋で核入れが済んだ貝を掃除。掃除を終えた貝を、寿美さんがネットに収めていかだから吊り下げていく。今年、核入れした量は8万個。冬に浜揚げするが、設備の修理や翌年の準備もあり、けっきょくは年中、何かしらの仕事をしているという。

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ハードな生活を続けて来られた理由を聞くと、寿美さんはしばらく考えた末、「やっぱり海にいるのが好きだからでしょうね」と答えた。仕事の合間に近くを歩き回り、魚やカニを捕まえて水槽で飼うのが趣味だと、子どものような顔をのぞかせた。

女子部でのPRには、寿美さんもほかのメンバーたちとともにお気に入りの真珠をばっちりと身に着けて出動する。海を楽しんでいる日常と合わせて「いろいろな苦労をして真珠を作っていることも知ってほしいです」と語っていた。

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井上寿美さん(左)と夫の光さん

「理解」があってこそ

コロナ禍による観光需要の低迷、二年連続となる英虞湾でのアコヤガイ稚貝の大量死と、伊勢志摩の真珠業界には厳しい状況が続いている。実際、取材中も現場で不安の声を聞いた。そんな中にあっても笑顔を振りまく彼女たちは一体、どこから力が沸いてくるのか。

地元で古くから営む真珠養殖業者で組合専務の原条正さんが答えてくれた。

「養殖業者に嫁いだ女性たちは、以前は外に出られなかったんですよ。朝早くから仕事があって家に帰ると家事や子どもの世話がある。真珠養殖には土日も祝日もないですし」

では、女性同士で集まったり出張をしたりといった機会が、リフレッシュにもなっている?

「そうでしょうね。逆に言うと、旦那さんたちの理解がないと女性たちが家を空けることはできません。これからも協力し、真珠業界に明るい未来を引き寄せたいと思っています」

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立神 たてがみ真珠養殖漁業協同組合女子部

住所
〒517-0503 三重県志摩市阿児町立神2046-14
ネットショップ
https://akoya.theshop.jp/
組合公式ブログ
http://www.tategami-akoya-pearl.com/
Facebook
https://www.facebook.com/立神真珠養殖漁業協同組合-女子部-435399109871412/
Instagram
https://www.instagram.com/akoyagirls/

取材・文

鼻谷年雄(はなたに としお)

ライター、編集者。ゲストハウスかもめnb.運営。
三重県出身。東京のテレビゲーム雑誌編集部勤務を経てUターン。ローカル雑誌編集者、地方紙記者として伊勢志摩エリアの話題や第62回伊勢神宮式年遷宮などを取材する。フリーランスとなって三重県鳥羽市にゲストハウスかもめnb.をオープン。同市の移住者向け仕事紹介サイト“トバチェアズ”のライター、伊勢志摩国立公園関連の出版物編集などを手掛ける。ときどきシャボン玉おじさんに変身。

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