水産庁の「海の宝!水産女子の元気プロジェクト水産女子メンバー」には、水産加工業や水産養殖業、水産加工販売業など、様々な分野で活躍する女性たちがメンバーに名を連ねています。
そんな水産女子メンバーの中に、思わず二度見をしてしまう気になる女性を見つけました。業種欄には三重県魚食リーダー、そして農業と記されています。
しかも、「農林水産省農業女子プロジェクトメンバー」の農業女子でもある彼女は、国が推進する2つのプロジェクトに参画している日本でただ1人の人物。
今回は「やりたいことはやる」と新しいことに挑戦し続ける、こだわり野菜栽培ユニット すいーとぽたけ 吉川文(よしかわあや 以下 吉川さん)をお訪ねしました。吉川さんが農業女子でありながら水産女子となった経緯や、水産業や農業の現在、そして未来についてのお話を伺うと、フィールドは違っていても活躍されている生産者同士の繋がりが見えてきました。
日本でただ1人 農業水産女子誕生ものがたり
「こだわり野菜栽培ユニット すいーとぽたけ」は、三重県鈴鹿市の山間部にあります。
鈴鹿市は南北に細長い三重県のちょうど真ん中あたり。西側は標高1,000m級の見事な鈴鹿山脈が連なっていて、中心部には市街地や全国的にも有名な鈴鹿サーキットなどがあり、東側は広大な伊勢湾に面しています。
2011年、吉川さんがご家族と小さな家庭菜園からスタートした「こだわり野菜栽培ユニット すいーとぽたけ」。現在、農園面積は約3ヘクタールで栽培品種は約150品目、主力の野菜は白ネギです。
海抜は約103mで、気温の寒暖差や鈴鹿山脈から流れる豊富な地下水が美味しい野菜を育みます。農園付近では、茶や植木の栽培も盛んです。
—— 吉川さん「ここの土は軽いので、土を盛って育てる白ネギには最適なんですよ。」
土を盛って太陽の光を制限することで白く柔らかなネギが育ちます。軟白栽培(なんぱくさいばい)と呼ばれる育て方です。
—— 吉川さん「ネギってお肉もお魚にも、何にでも相性が良くて使えるよね。」
最盛期である秋冬にはネギを約125,000本も収穫します。ネギの他にも約150品種の野菜を育てており、農協をはじめ地域の直売所、仲卸業者、飲食店などに出荷や販売をしています。
漁師さんたちとの交流、三重県魚食リーダー、そして農家でありながら水産女子に。
農林水産省農業女子プロジェクトメンバーの農業女子としても、活躍されてきた吉川さん
そんな吉川さんが水産業と関わりを持ったきっかけは、三重県で活躍する漁師さんとの出会いでした。
交流を通して、食卓には水産物も野菜もあり全て繋がっていることを改めて実感し、漁師さん達と打ち解けあった吉川さん。
鳥羽市浦村町の漁師さんとのイベント開催や、都内で飲食店を経営し尾鷲市や熊野市で漁業を営む株式会社ゲイトさんと「お魚野菜便」に取り組むなど、水産業との関わりが濃くなっていきました。
—— 吉川さん「同じ自然と戦っているので、何となくわかり合える所があるじゃないですか。そんな感じで、ずっと仲良しです。」
—— あやちゃん(吉川さん)、何でもさばけるから魚食リーダーになったらいいじゃん。
水産業に関わりを持つ中で、三重県のとあるセミナーで友人から、「魚の美味しさ、魚の簡単な調理法、魚を食べることの重要性などを発信していく」プロジェクトに誘われた吉川さん。
実は吉川さんは、農家でありながら10年来の山の猟師でもあります。
—— 吉川さん「基本的に生き物は何でもばらせられるんですよ。」
さばきのポイントは、生き物の構造を深く理解すること。
生き物は違いはあっても消化管が一本などの基本的な構造は一緒で、吉川さんの手にかかればどんな生き物も見事にさばかれます。
—— 吉川さん「漁師さんのプロのさばき方はもちろんすごいけど、出来て当たり前だよねって思いません?農家が教える野菜作りって言われても当たり前だって言われちゃいますよね。」
手軽にお刺身パックが手に入る現在、お魚をさばくことは敷居が高いと感じている人は少なくありません。水産業とは正反対の農家という立場で「農家でもできるお魚捌き方教室」を実施すると、お魚をさばくことをより身近に感じてもらえます。
三重県魚食リーダーとなった吉川さんは、「お魚さばき教室」の講師として活躍し、魚食の普及に取り組まれてきました。
そして、水産業の交流の輪はさらに広がっていきます。
—— 今度、水産庁が水産女子を立ち上げるよ。一緒に入らない?
—— 吉川さん「入る入るって言って、水産女子にもなっちゃいました。」
2018年、吉川さんは日本で唯一の農業水産女子になりました。現在(2021年6月時点)は水産政策審議会の委員も務め、活躍の場が広がっています。
農家が水産のことを発信する意義
水産業に積極的に関わってきた吉川さんは、野菜作りにおいて自身が使うものにも意識しています。
例えば、肥料。
—— 吉川さん「入れ過ぎたりした肥料ってどこに行くの?っていうと地下水や川、それで海に行くじゃないですか。」
農業と水産業、両方の視点を持つからこそ、畑で川や海のことを考えた野菜作りができます。
水産業界との交流は情報発信でも効果があり、例えば、SNSでの情報発信です。
漁師さんがSNSで野菜の投稿をしたり、農家さんがSNSでお魚の投稿をすれば、お互いに普段は届かないフィールドの人たちに情報を届けられます。
—— 吉川さん「大根に色がついてる!とか、漁村のおじちゃんやおばちゃんが、みんなに見せてあげたいから持って帰ったり。そういう小さいところから 交流が始まっていくといいなって。」
農家や漁師にとってはそれぞれ当たり前のことであっても、フィールドが変われば同じ生産者同士でも互いに知らないことが多かったのです。それを交流を通じて魅力や驚きを共有できるようになってきました。
気候変動に福祉連携 水産業と農業の共通点や課題
昨今、激変している環境は農業も水産業も大きく振り回され続けています。吉川さんの畑では、今年の早い梅雨入りによって土壌の消毒回数が増え、対処に追われています。
—— 吉川さん「海は畑に比べると、コントロールが効かないから大変。」
台風や土砂災害などでない限り、農業は対策を打てます。例えば気温が高ければ遮光ネットで対策できる農業に比べ、水産業では海水温の上昇に対して即効性のある対策がとれません。
しかし、環境変化に人材不足、生産物の出口など、農業と水産業では数多くの共通課題があります。
すいーとぽたけでは現在、農福連携を進めています。吉川さんご自身も、農家と障がい者の中間支援をする資格「農業ジョブトレーナー」を取得されました。農業では地道な単純作業も多く、一本でも多く草を抜いてくれるだけでも私たちは助かっていると吉川さん。
福祉連携やICT化、業界構造など、水産分野よりも農業分野の方が進んでいます。
—— 吉川さん「農業の方で進んでいることを水産で進めたらどうなるか、という視点から見えてくることもあるのかなと思います。」
農業と水産業、業界を越えた交流の先
—— 吉川さん「水産業って神聖な感じがしてかっこいいですよね。」
野菜を家庭菜園でちょっと作って売ることはできても、ブリをちょっと獲って販売するような家庭漁業はできません。船や漁業権なども必要で、趣味ではできないからこそ、水産業の発信を受け取った消費者は目を輝かせます。
場所を越えてオンラインでの交流も活発化している時代。これからますます、水産業と農業、例えば林業などの生産者同士や消費者との交流も深まることが、新たな未来を切り開いていくきっかけになりそうです。
こだわり野菜栽培ユニット
すいーとぽたけ
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