ぷっかりと浮かぶ小さな観測器
水中の網の中の様子を手元のスマートフォンの画面で見ることができたり、水温や潮位などさまざまなデータを基にAIが漁のアドバイスをくれたり——。
いわゆる “スマート水産業”の実証実験が、日本のさまざまな漁業現場で進んでいる。漁業者の高齢化や後継者不足、水産資源の維持といった課題が切迫する中で、一日も早い普及が望まれている。
全国各地の事例を見渡すと、データ活用のノウハウが豊富な大手通信会社が表に立ち、現地の企業や大学の研究所などと連携して、生産現場への導入や運用をしっかりとサポートしているケースが目立つ。
そんな中、三重県では、高等専門学校でAIプログラムを研究する教授と学生たち、従業員20人余りの小さな電子機器メーカ-という、異色のスモールコンビが飛躍している。共同開発した“IoT海洋モニタリングシステムうみログ”は、この1年余りで伊勢湾から熊野灘にかけた40カ所に観測器を浮かべ、今年4月には全国販売をスタートした。
“IoT海洋モニタリングシステムうみログ”とは
うみログは、海上の観測器から、30分に1回、携帯電話の通信電波によって水温や水位、現場の画像などのデータを送信して、遠く離れた場所のパソコンやスマートフォンで監視ができる仕組み。観測器は、水温、水位、画像、GPSの4種のセンサーを標準で備え、塩分濃度、溶存酸素、クロロフィルなども用途に合わせて追加できる。
ソーラーパネルとバッテリーも搭載し、悪天候で充電ができない状況でも10日間は稼働する。ノリ、カキ、真珠、魚類などの養殖や定置網での使用を想定している。
伊勢湾口の菅島でノリ養殖を営む若手漁師の木下裕滋さんは、昨年からうみログの実証実験に協力している。「毎年10月中旬ごろ、水温がある程度下がったときに種網を出すんやけど、出したあとにまた水温が上がって種がおかしくなることがある。こうやってスマホで推移を見られると間違えにくいし、異変があってもすぐ対応できる。画像もきれいやし海の色までよくわかる」と、好感触だ。
うみログはさらなる発展を目指していて、近い将来には、日々の水温や潮の流れ、水質、生育の状態などの記録をAIが自動で分析し、生産者にアドバイスを送るといった機能を追加する予定だ。
高専と電子機器メーカーの異色コンビ
このシステムを開発したのは、三重県鳥羽市の国立鳥羽商船高等専門学校でプログラミングを教えている江崎修央教授の研究室と、市境をはさんで10キロほどの伊勢市にある電子機器メーカー、アイエスイー。
江崎教授によると、両者の連携は10年前、兵庫県立大学と三重県農業研究所を合わせた4者でのICTによる獣害対策プロジェクトに始まる。そこから生まれた檻罠の遠隔操作システム“まるみえホカクン”は、全国400カ所以上で稼働するヒット商品となった。
一連の商品の開発は、最初に鳥羽商船高専の研究室側でプログラムを含めた基盤技術を開発し、図面や試作品を制作。それを基に、アイエスイーが中心となって流通できる製品の形にしていく流れ。製品の販売元はアイエスイーとなるが、納品後も、運用やメンテナンス、機能の発展など、両者の連携は続いていく。
学校側での仕事の分担について、江崎教授は、「大まかな方向性はわたしが指示をし、学生たちがプログラムなどの作業をしてくれます。学生たちには、(製品を使用する)現場に立つことも大事だと教えています。実際に課題を聞いてきた学生から、アイデアが出てくることもありますよ」と説明する。
さて、獣害対策を土俵にしてきたこのコンビが、スマート水産業に進出したのは2017年。生産者からの相談を受けてマダイやシマアジの魚類養殖のため自動給餌システムを開発し、映像を解析して魚の活性を判定するなどの、AIプログラムの導入にも成功した。このAIプログラムを担当した学生たちは、翌年、学生プログラミングコンテストImagine Cup(マイクロソフト主催)で世界大会へ進出する快挙を成し遂げた。
一方、このころ他の海では、すでにより汎用性の高い海洋モニリングシステムが稼働していた。
それを見ていた江崎教授は、「(自分たちでも)作れるし、やっちゃえ」と再びアイエスイーの高橋完社長に声を掛け、三重県水産研究所、三重県工業研究所とも連携して新しいプロジェクトを立ち上げた。開発とともに資金集めにも奔走し、2020年度の実証実験開始にこぎつけた。それが“うみログ”というわけだ。
「もっと安く」と「長く使ってもらうには」
“うみログ”の構想時に使用されていた同種の海洋モニタリングシステムの観測器は、浸水や塩害などにしっかりと耐える作りで、重さは数十キロが当たり前。販売価格は1基100万円程度はするとみられた。
さすがに気軽に購入できるものとは言えず、江崎教授は、「普及させるためには、もっと安く、生産者の負担を軽くしないと」と感じた。そこで、素材や機能を見直し、価格や後々の作業負担を減らせる形を考えた。
一方、長く獣害対策をやってきたアイエスイーにとって、江崎教授のイメージを海の上で実現させていくのは、簡単ではないチャレンジだった。
高橋社長は、「製品にとって海は、山よりも過酷な環境なんです。モニター実験ではいろんなトラブルがありました。鳥が電源スイッチを切ってたりとか・・・」と認める。
「いきなり完成度の高い物を作る必要はないと思っています。最初はそこそこでも、実験でトラブルがあったらすぐに改善できる。そこは、うちが大きなメーカーさんと争っても強い点かもしれません」
そうして完成度を高めた“うみログ”の観測器は、先行品と比べて本体重量5キロと大幅に軽量となった。しかも付属のセンサーは取り外しができるため、1人でも取り付けやメンテナンスがしやすくなった。肝心の販売価格は、比較対象としていた先行品の3分の1程度にまで抑えた。
このように、コンパクトで柔軟性のある製品の特徴には、江崎教授や学生たちの発想力に加えて、高橋社長はじめアイエスイーのスタッフたちが獣害対策の現場で地道に積み重ねてきた経験も生かされているようだ。
高橋社長は、10年前に獣害対策の遠隔操作システム“まるみえホカクン”の販売を始めた当時から、地元の山中で自らシカやイノシシの捕獲を実践してきた。ICTやIoTの仕事というと白い壁の内側でひたすらキーを叩いているイメージがあるかもしれないが、装置の掃除から故障の修理と、現場で汗をかくことはなくならない。
「自治体さんとかが高い予算をかけてICTやIoTを導入しても、すぐに使われなくなってしまうことって、じつは少なくありません。だからうちは、装置の使い方や獲物の捕り方のレクチャーもしています。長く使ってもらうには、そういうことが大事なんです」
なかなか褒めてくれないパートナーへ
“うみログ”は、新たに水中カメラを取り付けたり、AIによるアドバイス機能を導入したりと、この先もまだまだ発展していく。江崎教授と高橋社長、学生、スタッフたちは、鳥羽商船高専の研究室とアイエスイーのオフィス、そして養殖いかだの上を、オンラインで、実際の足で、跳び回っている。
これまでの仕事を振り返って、江崎教授が高橋社長とアイエスイーに思っていることを聞いた。すると、「それは、彼らがいるから、ぼくらのアイデアが商品として流通していますから・・・」と、感謝をしつつ、なぜか言葉は少なめ。強い信頼の裏返しなのか、戦友だからこその厳しさなのか。
では反対に、10歳年下の高橋社長から見て、江崎教授はどういう存在なのだろう。
後日、リモートで再取材して聞いてみると、画面越しの表情は、笑いながら困っていた。
「メッセージアプリでよくやりとりするんですが、こちらから何か意見をすると、いつもそれ以上の要求が返ってきます。なかなか褒めてもらえません!」
それでも、しっかりとした口調でこう続けた。
「でも、うちがここまで来られたのは、ああいうアンテナの高い方々といたおかげです。うみログも、責任を持って全国展開しなければと思っています」
株式会社アイエスイー
- 住所
- 三重県伊勢市御薗町新開80番地 大西ビル301号
- TEL
- 0596-36-3805
- URL
- https://www.ise-hp.com/
国立鳥羽商船高等専門学校
- 住所
- 三重県鳥羽市池上町1-1
- TEL
- 0599-25-8000
- URL
- https://www.toba-cmt.ac.jp/