牡蠣殻の音が鳴り続く
トットットットットットットッ・・・・・・・・・
小刻みな音が小屋中に鳴り響く。
男性3人がビールケースに腰掛けて四角い台を囲み、小さなナタで牡蠣殻を叩いている。誰もおしゃべりはしていない。
やっているのは牡蠣殻の表面に付いた泥や藻などを削り取る作業。
「けっこう、辛抱強いでしょう?」
仲間たちの根気強い仕事ぶりを褒めたのは、山本和男さん。6年前に市内の真珠養殖会社を定年退職し、現在は三重県志摩市の志摩市社会福祉協議会(以下、志摩市社協)の職業指導員。就労を目指す障害者たちとともに養殖の作業をしつつ、技能を教えている。
手抜かりのない牡蠣掃除
志摩半島の東の先にある、波穏やかな的矢湾。志摩市社協が運営する牡蠣養殖の小屋を訪ねたのは、2021年の年の瀬だった。
障害者福祉サービスのカテゴリ別で、職業継続支援A型の利用者であるAさんと、就労移行支援の利用者Bさんの2人が、牡蠣の出荷に向けた掃除をしていた。職業指導員はさきほどの山本さんと磯和健一さんの2人。利用者の2人はほとんど座ったまま手元に集中し、職業指導員の2人が船を動かしたり網を運んだりと、動き回る役割をしていた。
AさんとBさんは、軽度の知的障害を持つ。Aさんは50代ですでに5年の作業歴があり、ナタ使いに無駄がないように見えた。それでも、「あまり強く叩くと穴が空いてしまう。力加減が難しい」という。
一方のBさんは20代で、牡蠣の作業はまだ1年目。ときどき、「確認お願いします」と言って掃除が済んだものを一つ、向かいに座る山本さんに差し出す。きれいに掃除できているか、確認をしてもらうためだ。叩いたときに違和感があれば、牡蠣が口を開いて死んでしまっている可能性がある。
アラームが鳴って、「休憩、休憩!」と山本さんが声を上げた。Bさんは立ち上がって大きくノビをし、ソファのある休憩所へ向かった。
就労時間は午前9時~午後3時で、50分に1回、10分の休憩を取る。もちろん昼休みもある。
水福連携のハードルと可能性
志摩市社協による障害者の就労を目的とした水産業と福祉の連携、いわゆる「水福連携」の取り組みは2013年にスタートし、当初は網の修理など事業所内でできる仕事を請け負ってきた。2017年ごろからは、自主事業にも乗り出した。自前の養殖施設を開設するために漁協の准組合員となって漁業権を取得し、牡蠣養殖に取り組んできた。施設は漁協などから借り、船は中古で購入した。
養殖のオフシーズンにはかご網の修理など、年間を通じて何かしらの作業がある。同じ的矢湾にある佐藤養殖場での施設外就労もある。
利用者たちは工賃を得ながら、一般の職場に就くための訓練をしている。
それで、肝心の就労実績はどうなのか?
担当の高橋宏幸志摩市社協障がい福祉課長は、事業者からの募集はあるものの、一般の職場への就労には至ったケースは少数だと答えた。
知的障害といっても性格や生活スタイルも含めていろいろ。当然、必要なサポートも違ってくる。利用者は、慣れた作業でも職場が変わるとパニックを起こしたり、居眠りしてしまうことがある。「生活面も含めた指導をしていますが、本人のがんばりと事業者の方々の協力も必要です」と高橋課長。
施設外就労を受け入れている佐藤養殖場にも聞いてみた。「真面目な方が多く、安定したペースで作業に打ち込んでくれていて助かっています」とのこと。
施設外就労では、利用者と職業指導員が班となって専用の作業スペースで牡蠣の掃除などをしている。牡蠣養殖に限らず、漁を含めた水産業は船の上やいかだでの仕事が多く、天候による状況の変化もある。事故のリスクが高く臨機応変な対応が求められるとあって、知的障害者にとってのハードルは高い。
志摩市社協の養殖場では、職業指導員の山本さんや磯和さんらが、利用者らのナタの扱いや桟橋の移動には注意をしている。その上で磯和さんは、「『危ないから駄目』だけでは、利用者さんの可能性を狭めてしまう」と話す。逆に言うと“危険の管理”が障害者の活躍の場を広げる鍵なのかもしれない。
水産業から福祉の現場にやって来た山本さん
模索が続く志摩市社協の水福連携だが、じつは、大きな課題に直面している。水産業の経験があるスタッフの不足だ。
志摩市社協は漁協の准組合員だが、そもそも水産業の人材がいる組織ではない。船を出していかだに移り、海に吊した牡蠣の世話をする役割は、真珠養殖の経験者である山本さんに頼るところが大きい。
「山本さんのような方があと2、3人はほしくて募集をかけているんですが、なかなか」と、高橋課長は頭を抱えている。
その山本さんに、再び海に仕事に戻って来た理由を尋ねた。
「会社を辞めたらすることがなくなって」
65歳まで勤め上げたものの、まだまだ元気を持て余していた。とはいえ、一から事業を立ち上げようまでとは思わない。そこへ、志摩市社協の職員の知人からスカウトを受けた。障害者に仕事を教え、報酬は時給制という条件だったが、引き受けた。
「なんとしたらええ牡蠣ができるか考える。楽しいですよ。仕事をしているほうが一日が充実します」と満足している。
利用者にはどんな印象なのか、目の前にいたBさんに聞くと、「やさしいです」と一言。
山本さんは、「危ないときは怒ってますし・・・・・・返事しにくいよなあ」と笑った。
人手不足が進む水産業と、障害者などの活躍の場を広げたい福祉。「水福連携」はいかにも相性の良さそうなマッチングだが、現場を覗くと何本ものハードルが立ち塞がっている。
目の前の一本は、水産業から跳び越えてくる人材だ。「第2の山本さん」が待たれている。
社会福祉法人志摩市社会福祉協議会
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