琵琶湖の漁師になるため、奮闘している女性がいます。
田村志帆さん(以下、田村さん)は、東京海洋大学の3年生(2021年11月時点)です。田村さんは現在、滋賀県高島市マキノ町で見習い漁師として琵琶湖の漁を勉強しながら、自宅でオンライン講義で学ぶ日々を送っています。
田村さんが、学生のうちから「琵琶湖の漁師」を志した理由は何なのでしょうか?
田村さんに、その理由をお聞きしてきました。すると、幼少期から現在に至るまで、「琵琶湖の漁師」に繋がる軌跡が見えてきました。
ホンモロコ漁から出荷作業 田村さんの1日
2021年11月初旬。時刻はAM4時を回る頃、琵琶湖の北に位置する海津漁港に、田村さんと師匠の中村清作さん(以下、中村さん)の姿がありました。これから、前日に仕掛けた網を引き上げて琵琶湖特産魚「ホンモロコ」の漁獲に向かいます。船に乗り込み、真っ暗な湖上を進むこと約10分。ポイントに到着しました。
仕掛けられた網をたぐり寄せると、狙い通りのホンモロコを中心に体長約8cm程の魚が掛かっていました。
—— 中村さん 「琵琶湖の漁師は、魚を獲る確率を上げるために色んな種類の網を入れるんです。」
琵琶湖では「資源管理のルール」として網の数は50枚・長さは2kmまでといった制約があります。ルールを守りながら、季節毎に変化する魚の生息ポイントを見極めて、いかに狙った魚種やサイズの魚を獲れるか。漁師さんの腕の見せ所です。
掛かったホンモロコは、網から1匹ずつ丁寧にはずしていきます。
—— 田村さん 「魚の頭が通れば、スルッと取れます。」
魚を取り外すのがまだまだ遅くって...と話す田村さんに、最初よりは速くなったでと中村さん。
時刻はAM5時20分。漁を終えて、海津漁港に戻ってからは二人で網に掛かった魚をひたすら取り外していきます。
この日は、AM8時から冬のエリ漁に向けた修繕作業を漁師仲間で行うことを想定して、前日に仕掛けた網の数は少なめにしていました。掛かった魚が傷まずに新鮮な状態で網を引き上げる時間、そして網から魚を取り外し終える時間を予測して、漁師さんは網を仕掛けています。
現在、琵琶湖では一部の地域を除いて「競り」がありません。漁師さんは魚屋や飲食店と直接取引、販売しています。
—— 中村さん 「これは大阪へ。大阪は当日便で届けられます。」
水揚げされたホンモロコは、飲食店に送られるか、冷凍して保管されます。資源管理が功を奏して、以前に比べて数が増えてきたというホンモロコ。漁獲されたホンモロコは骨も柔らかいサイズで素焼きでいただくと絶品です。
—— 田村さん 「ホンモロコの脂を下に落として、頭を揚げるんです。」
ホンモロコ漁を終えて少し休憩した後、AM8時~AM10時は漁師さん達と冬のエリ漁の準備を手伝います。
AM10時〜正午 飲食店さんに卸す鮮魚の下処理作業を田村さんが担いました。
そして、PM1時過ぎから再びエリ漁の準備を手伝い、PM4時頃に帰宅。大学のオンライン授業を受講します。とても慌ただしい1日を、田村さんは明るく元気に過ごしていました。
子どもの頃から生粋の淡水魚好き
田村さんの出身は神奈川県相模原市。小学生の頃の田村さんは、相模川の自然や淡水魚を展示する「相模原ふれあい科学館」で淡水魚と触れ合うことが大好きな女の子でした。相模原ふれあい科学館には、年20回以上は通いつめていたそうです。
—— 田村さん 「何て言ったらいいか、淡水魚の地味なところが好きなんです。」
飲食店に卸すナマズを捌く際に、思わずこぼれていた「好きだからやだなぁ」という一言。その理由は、田村さんが淡水魚が大好きだからでした。
高校生となった田村さんは、生き物の採取を目的に初めて琵琶湖を訪れます。その後、琵琶湖に何度も通い続けた田村さん。そうして、琵琶湖への思いをどんどん募らせていきました。
築地市場に訪れ、水産業に興味を持つ
田村さんは、小さい頃から水産業に興味があった訳ではありません。転機となったのが、高校2年生の時に訪れた「築地市場」での出来事でした。魚を食べることも好きだから行ってみよう、そんな軽い気持ちで訪れた田村さんの目に飛び込んできたのが「築地市場で働く人の熱量」でした。
—— 田村さん 「めっちゃ真剣に仕事をされていて、その熱気や雰囲気に衝撃を受けました。」
築地市場への訪問をきっかけに水産業に興味を抱き、田村さんは東京海洋大学に進学することを決めました。
漁村で流れる時間に心惹かれて
東京海洋大学の学生となった田村さん。趣味は読書ということもあり、大好きな淡水魚や築地のような水産業を伝える出版社で働きたいと当時は思っていたそうです。職業として漁師という方向性を見出すきっかけとなったのは、大学2年生時に訪れた実習先の漁村でした。
場所は三重県度会郡南伊勢町にある友栄水産。友栄水産では真鯛養殖や漁業、漁業体験サービスも提供するゲストハウス「まるきんまる」を営まれています。
実習に訪れた学生は、つぼ網漁や魚捌き、真鯛養殖漁師だからこそ提供できる「鯛の生簀で泳ぐ」サービスを体験。実習とはいえ、仲間や漁師さんと共に和気あいあいとした時間を過ごしました。
南伊勢町での実習を終えた後、本来はサークルでの沖縄合宿に参加する予定だった田村さん。しかし、新型コロナウイルスの影響で中止となってしまいます。それであれば、そのまま南伊勢町で滞在したいと友栄水産代表の橋本さんに伝えたところ、快く受け入れられました。
朝の出荷から鯛の餌やり、鯛の加工処理などを手伝いながら、漁村暮らしの時間に対して、田村さんは特別な思いを感じていました。
南伊勢町での経験から、もっと漁師をはじめ、生産者の仕事や暮らしを体験したいと考えた田村さん。新型コロナウイルスの影響でどこでもオンライン授業を受けられる環境になったことも契機となって、世の中の状況を鑑みながら、友人などの紹介で秋田や京都の漁師さん、長野のりんご農家さんの元を訪れます。
そして、高島市マキノ町にも訪れ、ビワマスのトローリング漁を経験したことで、琵琶湖での漁業や暮らしの縁が深まっていきました。
—— 田村さん 「暮らしの文化、色んな生産者さんに触れてきて、漁師になる生き方が一番何かいいなって思いました。」
子どもの頃から憧れ、導かれた琵琶湖。そこで自分が漁師になるという選択は、これまで田村さんが過ごしてきた時間の中でゆっくりと育まれていました。
一人前の漁師に向けて、当面の課題は技術の習得。
—— 田村さん 「自分で切り拓いていく力が必要だと思っています。」
田村さんが訪れた先々の漁師さんたちには、ある共通点がありました。それは直販事業や漁業体験など、新たな挑戦をしている事です。現在、田村さんがお世話になっている海津漁業協同組合でも、琵琶湖の漁業を体験できる新たなサービスづくりに取り組まれています。田村さん自身も将来的には、漁業体験を案内できるような民宿も運営したい夢を持っています。
—— 田村さん 「漁の技術を身に着けること。まずは、それが課題です。」
基本的な船の運転技術に関しては手応えを感じつつも、網を引き上げながら舵を切るといった高度な運転技術は、場数をもっと踏んで身につけていきたいと話す田村さん。大学卒業後は国や滋賀県の研修制度を活用し、漁師として独立を目指しながら、自分らしい琵琶湖の漁師を目指していきます。
琵琶湖の漁に奮闘し、輪の中で和気あいあいと笑顔が絶えない田村さん。漁師さんたちにとって、既にかけがえのない仲間となっています。
田村さんが一人前の琵琶湖の漁師としてデビューするのは、そう遠くない日に訪れそうです。
海津漁業協同組合
- 住所
- 〒520-1812 滋賀県高島市マキノ町西浜