漁村の活動応援サイト
vol.42
2022.5.30

漁村の女性社長がなぜ農林水産大臣賞を受賞できたのか?
ピンチをチャンスに変えた販路のつくり方
熊本県天草市 深川 沙央里 さん

水産業界の衰退に危機感を覚えて立ち上がった女性がいる。熊本県天草市の深川沙央里さんだ。

車海老の養殖会社に嫁いだ深川さんは販路が卸売に偏っていることを危惧し、個人通販部門を立ち上げる。自作のチラシづくりからはじめ、2010年にオンライン販売に着手。売上は5年で12倍に増えた。功績が認められた彼女は2017年度の農山漁村女性活躍表彰で、農林水産大臣賞を受賞する。

しかし、その間にはいくつもの困難があった。東日本大震災の際は遠く離れた九州でもエサが手に入らなくなり、その後はかつて例を見ない海老の不作も経験した。

2022年3月に上梓した『2男3女のシンママ社長、水産女子の先駆けとなる 100年後の天草と未来の子どもたちへ』は、これまでの彼女の経験をまとめた初の著書だ。

ピンチをチャンスに変えた原動力は何だったのだろう。深川流の販路のつくりかたを聞いてみた。

母親になった「危機感」が前へ突き動かした

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「危機感を持ったのは、子どもが生まれたのがきっかけでした。この子を育てていくには、これまでと同じではいけない。そう強く思いました。」

市場に卸した水産物の価格はセリで決まる。生産者はセリに一切関与しないため、豊作の年は原価割れを起こす。また、深川さんは新規参入が容易ではない卸売市場の閉鎖性も課題に感じていた。

しかし、課題解決に向けた行動を起こすのは簡単ではない。なぜ深川さんにはそれができたのだろうか。

「私はいつも頭のどこかで、日々のニュースや自分自身の経験から生まれた疑問や問題について考えています。意識しているつもりはありませんが、ある日ひらめくんです。これはあのことにつながるな、と。すぐできることもあれば、5年後になることもありますが、危機感をそのままにしない。それが一番大切だと思います。」

現地調査とインタビューで「求められる商品」をつくる

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深川さんが代表を務める株式会社クリエーションWEB PLANNING (以下、cwp)が運営するオンラインショップは現在、約1000のアイテムを取り扱っている。しかし自社商品はそのうち20ほど。自社以外の生産者の商品を取り扱う理由を聞いてみた。

「お客さまを飽きさせないためです。海老が採れる時期は一年の中でも限られています。でも、訪問するたびにアイテムが増えていたらワクワクしますよね。

意識しているのは求められるものを作る、という考え方です。つくりたいものを作っても、必要とされなければビジネスになることはありません。ですから、私はできるだけ現地に行ったり、取引先に話を聞いたりしています。海外輸出を控えて香港に行ったのはその一環です。

どんなシーンで、どう調理して食べるのか。売れる商品づくりは、そこからはじまるのだと思います。人から話を聞くときは、できるだけ偏りがないように複数人から話を聞くようにしています。」

深川さんにとって個人向け通販は試行錯誤の繰り返しそのものだったという。消費者にとって魅力あるショップとはなにかを考え、そのために他の生産者の商品も掲載し、生産者に代わってショップページも作ってきた。

これまでに投入した費用や労力を考えればプラスになっているかはわからない。だがその甲斐あって自信につながっている、と深川さんは話す。

いいことばかりじゃない個人向け通販の難しさ

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加工場では訳あり車海老の選別作業をしていた

個人向け通販のメリットは生産者自身が価格を決められることにある。最近は産直プラットフォームも増えており簡単に出品できるサービスもあるが、よいことばかりではない。

デメリットのひとつは、生産に割ける時間が減ることだ。個人向け通販の参入は容易だが、出品しただけで売れるようにはならない。コンスタントに売上を立てるには広告費を投じるかそれ相応の労力と時間をかける必要がある。また、消費者からの問い合わせやクレームに応じるのも生産者自身である。そうした周辺業務が負担になっているケースは少なくない。

2つ目の難しさは通販の特性にある。送料やプラットフォームに支払う手数料などを考えると、1つ数百円程度の商品は通販に向いていないのだ。

そのため、個人向け通販が簡単にはじめられるようになったいまもcwpに販売を委託する生産者は後を絶たない。

“天草の調達係”として持続可能な水産を目指す

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車海老の養殖にICTを活用する試みもはじめている

cwpは数年前から卸売もはじめた。個人向け通販に比べて手間が少ないにも関わらず、卸売もcwpに依頼する生産者は多い。生産者にとってのメリットはなにか。そのカギは価格交渉の代行にあるようだ。

cwpを「天草の調達係」と称する深川さんは、卸売先と生産者の関係は対等だと考えている。

大量仕入れは生産者にはありがたい反面、リスクも高まる。生産しているのは生き物であり、工場製品ではない。計画を下回る年もあれば、できすぎる年もある。4トンの海老を生産するために10トンの計画を立てるのが通常だ。そのため卸売には同業者との連携や販売先とのリスクシェアが必要だと深川さんは話す。

「これまでの仕組みでは、生産者にとって不利な状況が長く続きました。生産者の減少はその証拠です。儲かっていれば続けられるし後継者も現れますが、完全にやめてしまってからもう一度立ち上がるのは難しいですよ。」

これからの販路開拓はどのように考えればよいのか。深川さんが意識しているのは「3本の柱」だ。

1本目の個人向け通販は価格を生産者が決められるが、直前購入が多く需要が読みにくい。2本目の市場への卸売は数量コントロールはできるが、価格決定権がない。

そこでいま取り組みを進めているのが商社との取引だ。商社への卸売は半年前に価格と数量を決める。近年は将来起こるとされる食料危機を前に、引き合いも高まっているという。

「私が作りたいのは漁業者が水産事業を続けられて、若い人が水産業に興味を持てる環境です。その環境づくりの部分を担えたらいいですね」

深川さんの持続可能な水産への取り組みはまだまだ続く。

株式会社クリエーションWEB PLANNING


ウェブサイト
https://cwp-jp.com/
通販サイト
AMAKUSA産直市場便 本店
https://www.shopamakusa.co.jp/

取材・文

筒井永英(つつい のりえ)

85年生まれ。横浜出身、天草在住のパラレルワーカー。元国土交通省本省職員。2014年に地方に移住し、柑橘栽培に従事する夫とともに加工部門の立ち上げや、農泊運営、EC販売に携わる。2017年に未経験からライターへ。現在はIT、VC、ドローンなどスタートアップ企業の広報ライターとして活動中。小規模ながら生産、製造、販売の実体験があり、現場を理解して記事作成できるのが強み。テクノロジーが地方に与える影響や柔軟なライフスタイルに関心がある。

ホームページ https://www.fao-agro.biz/
Twitter https://twitter.com/nolley_izutsu

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