シロエビは「富山湾の宝石」と称されるので、富山湾にしかいないと思われがちだが、駿河湾や相模湾にも生息はしている。しかし、漁場が近く、まとまった量が獲れるという漁業の成立条件が揃っているのは富山湾だけなのだ。
(注) シロエビの標準和名は「シラエビ」で、標準和名の「シロエビ」は別のエビですが、「富山湾のシロエビ」で商標登録されていますので、ここではシロエビで表記しました。
しかも、である。富山湾でも庄川・小矢部川・神通川の河口、沖に向かってV字型に深くえぐられた「藍瓶(あいがめ)」と呼ばれる海底谷でしか獲れないので、シロエビを漁獲しているのは岩瀬漁港と新湊漁港の2地区だけである。
約3000ある日本の漁港のなかで、たったの2港!
この「富山湾の宝石」を守り続けるため、「自然とともに、豊かな未来へ」をコンセプトに、新湊漁協に所属するシロエビ漁業者が中心となって2020年に立ち上げた団体が〈富山湾しろえび倶楽部〉である。
発起人の野口和宏さんにお話を伺った。
「新湊のシロエビ漁船は、プール制を導入しています。漁期は4月1日から11月30日。8隻の漁船は2班に分かれて1日おきに操業します。そして全体の売り上げをプールして、10日ごとに各船に均等に分配する仕組みです。誰かが獲れなくても全体で獲れればいいという考えで、過度な漁獲競争による乱獲を抑え、資源の持続を優先しています。
稚エビが多くなったり、豊漁で魚価が低下しそうなときは、漁業者で協議し、操業回数を減らすなどの対応をします。プール制をとっているからこそ、漁業者同士の競争を抑え、スムーズに自主休業、操業制限を実施できるのです」(野口さん)
昔は1日4回も漁をしていたが、現在、漁は最大で2回。去年はほとんどが1回だった。目先の利益を追わず、資源と向き合い、資源の枯渇を未然に防ぐために、自らを律し、資源を守っている。
「プール制を導入したことで得られるもうひとつのメリットが技術のシェアです。ベテラン漁師が何十年という時間をかけて会得した技術を若手に伝える。例えば『この時期のエビは、この辺りで、どれくらいの水深で群れになる』といった、経験で得た知識を若手に伝え、若手は若手でITなど新技術に取り組み、漁のクオリティを向上させ、みんなで進化していく」
そこにあるのは「競争」ではなく「共有」だと野口さんは言う。
〈しろえび倶楽部〉では、シロエビを食べてもらうだけでなく、もっと多くの人にシロエビのことを知ってもらおうと「白えび漁観光船」を運行している(完全予約制)。
観光船といっても、その日に操業が休みの漁船に乗船し、現役の漁師のガイド付きで漁を見学するという、他では滅多にできない体験の提供である。
受付は朝の4時半。注意事項などの説明を受け、5時出港。漁場までは約15分という近さも富山湾ならではだ。朝の澄んだ空気、昇る朝日にまばゆく輝く海原、壮大にそびえる雪を頂く立山連峰。まさに絶景だ。
4隻の漁船は隊列を組み、「かけ回し」という漁法で、それぞれ菱形を描くように網を落としていく。
「春は、太陽が昇ると夜間、上層にいたエビが潜りはじめ、水深200mくらいに厚い層をなすので、そこを狙って網を入れます」(野口さん)
漁法は底曳き網の一種だが、海底をずりずりと曳くわけではない。エビは中層に浮いているため、狙った水深で網を引くという高度な技術が問われる。網の沈み加減はロープの長さや船のスピードで調整するのだが、ここでチームワークが発揮される。
網の長さは約200m。4隻の漁船はそれぞれ200m間隔をあけ、後続の漁船は前を走る漁船が降ろした網の袋網(エビが集まる部分)の真上辺りを航行する。その袋網の深さを魚探で測って前の船に無線で知らせ、前の船は網を降ろしてから何分何秒か、ストップウォッチで計測した数字を後ろの船に伝える。
潮の流れなどによって、毎日、網の沈み具合は変わるが、網の仕立ては基本的にみな同じなので、この船の速度で、何メートルの網を降ろしてから何分経つと、どれくらい沈むかが分かるのだ。
「仲間意識は強い」と野口さんは言う。
こうして30分ほど曳いたあと、ゆっくりと網が巻き上げられ、袋網に入ったシロエビが現れると観光船から大きな歓声が上がる。
シロエビは船上で選別され、手早く40kgずつカゴに収められる。この間もエビの温度が上がらないように冷たい殺菌水をかけて鮮度の劣化を抑える。
6時ごろに一旦、港に戻って水揚げすると、2回目の漁がある場合は6時15分には再度、漁船は沖に向かい、その間にシロエビは競りにかけられる。観光船も漁船に同行して2回目の漁を見学して9時ごろに漁船と共に帰港。乗客は2度目の競りを見学して9時30分に解散となる。
漁場と港を行ったり来たりできるのも、漁場が近い富山湾ならでは。時間が経つとともにシロエビの透明感は薄れ、だんだん白濁し、やがて黒ずんでしまうと商品にはならなくなってしまうので、他にも増してスピードと温度管理が命となる漁業なのだ。
「持続可能な社会の実現には、シロエビの美味しさだけでなく、シロエビが生きている環境、そこでどんなふうに人々が働いているかを知ってもらうことも重要なことだ」と野口さんは確信している。
海から立山連峰を眺めながら、生きているシロエビの試食もできる観光船は11月まで乗船可能である。
写真提供=富山湾しろえび倶楽部