今でこそ富山湾を代表する海の幸の一つとして、刺身や寿司、唐揚げなどいろいろな料理で食べられている「富山湾の宝石」シロエビだが、かつては全国的には知名度は低い存在だった。
「副素材的な利用が多く、地元でしか消費されない存在でした」と語るのは、富山県富山市岩瀬でシロエビ専門店「水文」を営む水上剛さん。
漁獲したてのシロエビは透明な薄いピンク色だが、時間が経つにつれて、どんどん白濁し、やがて黒みを帯びてくる。小さなシロエビは殻を手早く剥くことも難しく、冷蔵・冷凍などのインフラがない時代には扱いにくい食材だった。
それが冷蔵・冷凍設備が普及し、シロエビは一旦冷凍してから解凍すると、殻が簡単に剥けるとわかった。
「凍らせると身と殻の収縮率の差で隙間ができます。流水で解凍するとき、隙間に入った水が潤滑油のような役割をして、つるりと剥けるんです」(水上さん、以下同)
地元でいち早く気づいたのが、水上さんの祖父・文治さんだといわれる。
「地元の人にはそう言ってもらっていますが、記録が残っているわけではないので、諸説ありってことで(笑)」
文治さんは日本で初めて、殻を剥いたシロエビの「刺身」の販売に成功する。
「現在は、朝、港で買い付けたら、すぐに全部をマイナス25°Cの冷凍庫で冷凍しています」
冷凍する温度は、低ければいいというものでもないらしい。
「昨年、マイナス55°Cの超低温冷凍も試したのですが、品質、色・ツヤは抜群なんですけれど、殻がうまく剥けませんでした。瞬間的に凍結されるので、身と殻に隙間ができないのかもしれません」
解凍して殻を剥く作業はすべて人の手。200gの刺身をつくるのに30分かかるという。シロエビの刺身が高価なのは、剥く作業に必要な人件費が加わるからにほかならない。他所も含め、ほとんどが手剥きだという。コスト、効率、衛生面を考えても、機械化されないのはなぜだろう。
「それが実は逆でして、私がこの仕事を始めて約20年になりますが、当時は機械剥きが主流だったのです。うちが手剥き一筋だから言うわけではありませんが、機械で剥いたものは、はっきりいって美味しくありませんでした。
機械の場合、殻を剥くというより、ローラーで殻から身を押し出す感じで、身が潰れて食感が悪い。しかもシロエビを投入するために流す塩水を身が吸収し、その水分を切る工程で、肝心の旨みや甘みが抜けてしまう。おまけに色も悪い。
それでも、安く大量生産できるので、本来の美味しさとはいえない機械剥きのシロエビが最初に市場に出回ってしまったんです」
そんな20年前、東京でシステムエンジニアをしていた剛さんが家業を継ぐことになる。
当時はシロエビを仕入れても、自分のところで手剥きで刺身にできるのはせいぜい半分。残りの半分は仲買として、他の加工業者や新湊の業者に販売していた。だが、仲買は漁獲量に左右されるので価格決定権がない。
「手剥きの美味しさには自信がある。でも、その美味しさはきちんと知られていない。ならば、いっそ買い付けた全部を自分のところで手剥きにして、売り切ってみるか」。
水上さんは仲買はやめ、刺身の加工一本に集中する決断をした。祖父の名を冠したシロエビ専門店「水文」を設立したのは2004年のことである。
自分のところで全量を加工・販売するとなると、まとまった量を買ってくれる取引先を見つける必要がある。となると相手は大手企業だ。水上さんは奔走した。ハードルは高いが、大手と取引できれば、日本の隅々までシロエビの本当の美味しさを知ってもらえるという思いもあった。
大手回転寿司チェーンと交渉すると、反応は予想以上に速かった。
「周りからは、買い叩かれるよと心配されましたが、意外と値段のことは言われなくて、それよりも先方が要望する高い品質と膨大な量に手剥きで応じられるのか、がポイントでした」
「では、うちが手作りで美味しく、かつ衛生的にも問題のない商品を、十分な量納めましょう」と、水上さんは作業工程を一から見直し、ハードとソフト両面から改善を重ねた。マニュアルを作り、現場に徹底させた。
問題の発見、問題の真の原因を探り、解決方法を段階を踏んで考える、というシステムエンジニア時代に培ったロジカルシンキングがいきた。
「現在、唐揚げ用の殻付きシロエビも出荷していますが、売り上げの90%は刺身です。
シロエビ1匹が約2〜3g、歩留まりは約40%ですから1匹剥いて1gあるかどうか。大手回転寿司チェーンが相手ですから、年間2000キロ、3000キロという膨大な注文に応じなくてはいけません。1000匹剥いても1キロですから、気の遠くなる世界ですね」
当初、剥いたときにでる殻は産廃業者に処分してもらっていたが、何かに使えそうだ。欲しい人がいたら無料でいいから持っていってと周囲に声をかけると、そこから「白えびせんべい」というヒット商品が生まれた。せんべいは水分の少ない殻でないと作れないのだという。
タダであげた殻から生まれた「白えびせんべい」が儲かっているのをみて「元はといえば俺の殻なのに……」と、悔しくなかったのだろうか?
「いえ、むしろ富山のシロエビの知名度アップにつながると思いました」
殻を欲しがる人は増え、売れるようになった。殻は粉末加工され「シロエビパウダー」となり、スナック菓子、ふりかけ、吸い物など幅広く利用されるようになる。水上さんの予想通り「富山のシロエビ」とかかげた商品は増え、認知度が上がっていった。
そんな追い風も吹くなか、シロエビの刺身が大手回転寿司チェーンに供給されたのが5年ほど前。とろりとした舌ざわりと、コクのある甘さ。シロエビの本当の美味しさが、全国に知れ渡った。
大衆店で広く食べてもらうだけでなく、こだわって食べてもらう高級店も押さえたい。シロエビの持つ可能性を極限まで引き出してもらおうと、水上さんは超高級寿司店にも足を運んだ。
刺身以外のシロエビの加工品の展開は考えていないのだろうか。
「漁港に近く鮮度のいい状態で仕入れることができるのに、あえて何かする必要があるのか、ですね。シロエビは素材そのままが一番。手をかければかけるほど訳のわからないものになる。お客さんがうちに期待しているのは、ちゃんと仕入れて、ちゃんと冷凍して、ちゃんと剥くこと。余計なことをしないからこそ、質の違いがストレートにわかります」
海外市場を視野に入れ、水上さんは生産ラインの衛生管理をさらに改善し、この4月、HACCP認証を取得した。
「シロエビの刺身の濃厚な味わいは、エビというより、むしろイクラやウニに近いポテンシャルがある」と水上さんは考えている。現在は韓国・香港・中国。次はシンガポール、ドバイなど、海外の富裕層をターゲットに動く予定だ。
「うちは日本で唯一の『白えび専門店』ですから、一番でなければ意味がないんです。よそに質で負けたら安売りするしかありません。誰も真似できないところまで、がんばってみます」
富山のシロエビを世界に。夏には第2工場の建設も開始される。