漁村の活動応援サイト
vol.48
2022.8.16

漁村のガイドに導かれて、見えてくるもの。
まだ、見えていないもの。
三重県鳥羽市 海島遊民くらぶ 江崎 貴久 さん

船で離島に渡って漁師さんや海女さんと交流、水産業の現場を知る。地域の祭りを再現して、まちの文化を理解。郷土食を美味しくいただきながら、水産資源や地域課題に向き合う。

三重県鳥羽市の海島遊民くらぶのツアーに同行させていただくと、まるで地域に1ヶ月間滞在したような漁村のリアルに出会いました。「見て・食べて・楽しむ」という一般的な観光地のツアーと比べると温かみや深み、そして親近感を抱く、そんな印象を受けます。

新たな変化が起こっている漁村には、実は人と人の架け橋となるガイドが活躍しているのかもしれません。今回は有限会社オズ(海島遊民くらぶ)代表取締役 江崎貴久さん(以下、江崎さん)をお訪ねし、ツアーの様子や「答志島トロさわら」ブランド化の取り組みなど、幅広くお話いただきました。ぜひ、最後まで記事をご覧ください。

答志島トロさわらの島 → 日本一海女の多い町へ 視察ツアーの様子

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今回、海島遊民くらぶの視察ツアーで同行取材に協力をいただいたのは、高知県室戸市の椎名集落活動センターたのしいなで集落支援員として活動する川島さんたち。川島さんは、地域の団体「しいな遊海くらぶ」の一員としても活躍しています。しいな遊海くらぶさんは室戸市椎名地区の魅力を発信されている地域団体です。「むろと廃校水族館」が併設された椎名地区の廃校を拠点に、漁師と一緒にまち歩きのツアーなどの活動を実施しています。

2019年に高知県で開催された江崎さんの講演をきっかけに、今回の海島遊民くらぶの視察ツアーに参加しました。頭の中でぼんやりとイメージしていたことを、まさに実践している人物が江崎さんだったと川島さん。本来は江崎さんの講演後すぐに視察に駆けつけたかったものの、新型コロナウイルスの影響で延期に。2年越しで海島遊民くらぶへの視察が実現しました。

時刻は午前9時。江崎さんのガイドの元、鳥羽市定期船乗り場から船に乗り込み、最初の目的地である答志島へと渡ります。

答志島とうしじま
漁師と海女に出会い、島民の暮らしや文化に触れる

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答志島に向かう、定期船のデッキにて。

答志島 和具浦漁港に到着してすぐ、ズラリと並んだ船の前に移動します。船には一本釣りの竿(ひき縄漁)が備え付けられていました。江崎さんがリュックから取り出して開いたクリアファイルには、「鰆(以下、サワラ)」の文字。

答志島はサワラの産地で、「答志島トロさわら」のブランドで知られています。答志島トロさわらは、一本釣りに限り、脂の乗りはフィッシュアナライザで1匹1匹計測。脂肪含有率が10%以上のサワラのみがブランドとして認定されています。

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一本釣りのサワラ船の前にて。
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漁師さんも参戦。サワラの脂が乗っている部位はどこでしょうクイズの様子。
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漁師小屋でサワラの仕掛けを特別にレクチャー。

江崎さん 「サワラを釣ってるのは、こちらのしんちゃんです。」

ツアーに溶け込むように、サワラの一本釣り兼わかめ養殖漁師のしんちゃんが合流します。真面目にかつ、ボケとツッコミを入れ合うお二人。見事な掛け合いはまるで漫談を聞いているようです。江崎さんの投げかけや参加者の質問に、何でも快く応えてくれるしんちゃん。漁師さんの生の声に大きくうなずきながらも、終始、笑顔で溢れていました。

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各お家にマルハチのマーク?

しんちゃんの漁師小屋を後にして、答志島の和具浦地区から答志浦地区へ移動します。これはなんだろう?という普段なら素通りしてしまうポイントも、江崎さんの案内が加わると「なるほど。」という声が響きわたります。

江崎さん 「ちょっとこの辺で。ここまでで不思議なことはなかったですか?」

家に書かれたマルハチの文字。答志島で八幡さんと呼ばれる八幡神社の印です。わかめ養殖を始めるより以前は、漁師の主な稼ぎ口は漁のみ。毎年、2月頃が漁の開始時期でした。いよいよ漁が始まるタイミングにて、執り行われてきたのが八幡神社の神祭です。

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実際の神祭場所で、行事を再現。

江崎さんから説明を受けた後、「しいな遊海くらぶさん」たちで実際に神祭を再現してみることに。本来は、神聖な墨の紙を落としますが再現ではタオルで代用されます。そして、我先にと拾い集めた神聖な墨を島民は持ち帰り、自宅や船などにマルハチを描くことで、1年の大漁と家内安全を祈願します。

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店内の気になる装飾にもご注目。

答志島の憩いの場 ロンク食堂の暖簾をくぐると、海女さん姉妹の濱口静代さんと鶴江さんが出迎えてくれました。

鶴江さん 「エビは芝海老ね。海老で鯛を釣るエビですね。それと、アジと小鯛の酢の物。 真ん中がわかめの茎の佃煮。それと、ちりめんじゃこと梅の焼酎漬けです。」

現役海女さん姉妹と交流しながら、島のグルメをつまみ食い。とっても濃くて贅沢な時間です。

相差おうさつ
海女と交流し、海女文化を学ぶ

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伊勢志摩の海女について事前学習。鳥羽展望台にて。

2時の答志島の鳥羽市定期船に乗り込み、海島遊民くらぶへと戻ってきました。次に目指すのは伊勢志摩地域の中でも、特に海女さんの多い町「相差町」です。江崎さんから海島遊民くらぶスタッフの清美さんに、ツアー案内がバトンタッチされます。

日本で1番海女さんが多い場所でもある三重県。伊勢志摩地域においては約660人(2017年時点 海の博物館データ参照)の海女さんが活躍されています。

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町に海女文化が溶け込んでいる。

女性の願いを必ず一つ叶えてくれるスポット 石神さん・神明神社へ続く参道には、至るところに海女さんに縁のある装飾が施されています。例えば、海女さんが身につけるおまじない「セーマン・ドーマン」。一筆書きの星「セーマン」は必ず元の場所に戻ってくる、格子状の「ドーマン」はたくさんの目で見守る意味が込められています。

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魚介の香ばしさが、パチパチと音をたてて海女小屋内に広がる。

海女文化資料館で海女文化を学んだ後に、海女小屋 相差かまどへ。答志島のロンク食堂と同じく、現役の海女さんが出迎えてくれました。海女のおやつ体験として、海女さんの手で丁寧に炭火焼きされた魚介は絶品です。

—「漁ではどれくらいの時間、海に入ってるんですか?」

海女さん 「9時から10時半まで1時間30分。私たちの決まりごとなんです。」

海女さんたちは海の資源を守るため、資源管理を徹底しています。例えば、相差町ではアワビは夏、サザエは冬に海女漁が解禁されます。アワビは冬に、サザエは夏に産卵時期を迎えるためです。また、アワビは殻の縦の長さ10.6cm以下、サザエは殻蓋の長径2.5cm以下のサイズは採捕禁止となっています。

海女さん 「サザエはね、売れるか売れやんかわからんサイズはペットボトルの蓋を海の中であてるんです。スポッと入れば、2.5cm以上です。」

海女さんが自分ごとで資源管理を徹底されていることに、「しいな遊海くらぶ」さんたちは感銘を受けていました。

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海島遊民くらぶに戻ってからは、ワークショップ体験。
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伊勢湾に漂着したシーグラスなどを活用して、アクセサリーを作る。
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漂着ゴミやサザエの蓋も、オシャレに変身。

しいな遊海くらぶ 川島さん 「お客さんとしても楽しみつつ、ガイドとしての姿勢とかも勉強になりました。」

海島遊海くらぶでのツアー視察を通して得た学びを「しいな遊海くらぶ」でも取り入れていきたい、と川島さんは話します。

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しいな遊民くらぶ 川島さん 「例えば、神祭体験です。お客さんに室戸の祭りを体験してもらいたいなって思っています。」

答志島から相差町と巡る中で出会えた漁師さんに海女さん、移動中に「こんにちはー」と出会った町の人々。海島遊民くらぶのメンバーの案内が架け橋となり、ただ訪れるだけでは得られないモノを参加者を受け取っていました。

見えていないものが見える人。
海島遊民の「民」がつながった瞬間。

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江崎貴久さん。海島遊民くらぶ 事務所内にて。

プロフィール

江崎 貴久
(えざき きく)

有限会社オズ(海島遊民くらぶ)代表取締役、旅館海月 女将。答志島トロさわらFounder・ブランド化委員長。伊勢志摩国立公園エコツーリズム推進協議会 会長。三重大学大学院生物資源学研究科 在籍。三重県鳥羽市生まれ。

江崎さん 「海島遊民くらぶって、実は名前を自分で決めていなくて。」

江崎さんが有志と共に海島遊民くらぶ(有限会社オズ)を立ち上げたのは、2001年9月。立ち上げ当初、特に離島や海で遊ぶ楽しさをお客様に知ってもらいたいという想いを江崎さんは抱いていました。その想いを汲み取った江崎さんのブレーンから、「海島遊民(かいとうゆうみん)」の名前が挙がりました。

なぜ「民」の文字が入っているのか、最初は不思議に思っていたと江崎さんは話します。

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江崎さん 「実際に始めたら、あっという間に民の文字、ヒトに繋がっていって。もし、自分が決めていたら、もっと狭い世界の名前になっとったと思うんさ。」

見えていないものが見える人、そこには人生経験があります。自分自身が見えていないものを見える人の言葉を大切にしながら、若い人たちの新しさをミックスしていくこと。これからの時代、どれか一つが欠けても成り立ちません。

名は体を表す。ツアーで体験した内容こそが、「海島遊民」という言葉そのものでした。

かぎの傷の意味を理解し、代替策にたどり着く。
答志島トロさわらのブランド化のお話。

答志島トロさわらにおいて、江崎さんはブランド化委員長を担っています。漁師さんや組合職員さん、行政の担当者や専門家など、多種多様な人が携わりながら「答志島トロさわら」ブランドとして2018年10月にスタートを切りました。

ブランド化を実現するまでには、山あり谷ありの苦難あり。具体的なエピソードの1つに、「魚体についた傷の課題解決に向けた取り組み」があります。

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答志島で一本釣りされるサワラは元々、フック状の鈎(かぎ)を頭に引っ掛ける方法が主流でした。魚体を傷めてしまうため、市場や飲食店からは改善を求める声があがっていました。そこで、網ですくうなどの代替案が検討されましたが、漁師さんからは「この傷が一本釣りの証や。」という言葉が返ってきました。

傷が一本釣りの証。実は漁師さんの言葉には、2つの理由が込められていました。その理由とは、

サワラの口は針が外れやすいため、鈎を使用しなければ海に落としてしまう危険性がある。落としてしまう危険性があるのであれば、傷がつき安くなっても確実な方がいい。

網ですくうと網の跡がついてしまい、一本釣りではなく網で獲ったサワラと間違われてしまう。

この2点でした。漁師さんの意見に真剣に向き合った江崎さんたちだからこそ、見えた本質の理由です。

江崎さん 「網で獲った魚に見えたくない、魚を海に落としたくないために鈎を使っているのであれば、他の方法でクリアできたら良いってことやん。ただ、鈎で傷ついて安くなるんやったら網の痕がついて安くなってもいいやんっていう妥協はしやへんかった。」

みんなが妥協してしまうと、その判断が命取りになってしまう。ブランド化を進める中には、目指す結果に落とせなければ取り組み自体無し、という場面もありました。

そうして、飲食店や市場関係者と漁師さんが直接意見交換をするシンポジウムの開催や、他県の事例を漁師さん自身で現地へ視察するなど、ブランド化に向けて試行錯誤が根気強く続けられました。その結果、漁師さんたちのアイデアが元となり独自開発されたのが「釣り上げたサワラを傷つけない漁具 サワラーズ」でした。本質を見据えて、妥協せずに試行錯誤を重ね続けたヒトの賜物により、「答志島トロさわら」はブランド化されました。

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こちらが「サワラーズ」。漁師たちの間では、滑り台と呼ばれている。

チャレンジを続けて、自分たちがモデルケースに。
ツアー参加者も一緒に課題に向き合う仲間。

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江崎さん 「私がやっていることは常々わかりにくいけど、チャレンジをして結果が見えてきた頃には、他の地域にも仕組みを届けていく。地元を良くしつつモデルケースになって、他の地域でもチャレンジしてもらうことが、私の仕事としてやっていることなのかな。」

江崎さんは現在、三重大学大学院に在籍しています。研究テーマは「漁村地域における観光資源開発」です。また、「気候変動」を事業課題として捉えられ、学びを通して発想を変えながらみんなで課題にチャレンジしていきたいと話します。

海島遊民くらぶのツアーは、過去と現在で内容をアップデートさせています。これまでの町の歴史や文化、人々の生活など魅力を伝える人情ツアーから、さらに気候変動や水産資源量といった課題も一緒に伝えるドキュメンタリータッチなツアーへ。

江崎さん 「終わったあとはスッキリしなくても、それでいいの。それが伝えるっていう事やから。」

みんなで一緒に考える時代。海島遊民くらぶのツアーの参加者は、ツアーで訪れた「地域ごと」が「自分ごと」になる。そんな、いつの間にか仲間になってしまう仕組みも海島遊民くらぶのツアーだからこその魅力でした。

そして、海島遊民くらぶでモデルケースとなった仕組みが全国へと広がっています。

伊勢志摩オプショナルツアー
海島遊民くらぶ(有限会社オズ)


住所
三重県鳥羽市鳥羽1丁目4−53
公式WEB
https://www.oz-group.jp/

しいな遊海くらぶ


住所
〒781-7101 高知県室戸市室戸岬町540
公式Instagram
https://www.instagram.com/shiinayukai/?hl=ja

編集後記

 答志島産の乾燥茎わかめを自宅で柔らかく炊いてみました。

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海島遊民くらぶ視察ツアーに同行させていただいた際、答志島の和具浦地区でお土産物屋を営む海女さんに「乾燥 茎わかめ」をいただきました。そして、その後に訪れた海女さん姉妹が営むロンク食堂で柔らかな茎わかめの佃煮をつまみ食い。

海女さんにいただいた乾燥 茎わかめを、海女さんに直伝のレシピで佃煮作りに挑戦してみました。

˙ 細かく切って水に戻し、塩を抜く。
˙ そして、まずは水で炊く。
˙ 落し蓋をしてじっくり水で炊き上げながら、味を追加していく。
  味付けは砂糖、醤油、みりんのみ。
˙ 煮詰めて完成!

少し炊き具合が足らず、切り方は雑で大きすぎた反省があるものの、ちゃんと柔らかな茎わかめの佃煮に仕上がりました。「乾燥 茎わかめを柔らかく炊く方法」ひとつとってみても、江崎さんたち海島遊民くらぶに結びつけていただいたご縁だな、そう思いました。

取材・文

濱地雄一朗 | Yuichiro.Hamaji

三重県で活動する地域ライター。三重県といっても東西南北、文化や自然・食と魅力で溢れていることに気づき、仕事もプライベートも探求する日々を過ごしています。専門は物産と観光、アクティビティ体験など。自身で三重県お土産観光ナビも運営中。

三重県お土産観光ナビ
https://mie-hamaji.com

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