テーブルに置いた5種類のそぼろ
調理台に、高校生たちが調理した5種類の味付けそぼろを盛った皿が並べられた。
魚肉ミンチをだし醤油で煮て、ごま油や米油、ラー油などでそれぞれ味付けしたものだ。
「ごま油は通常のものだと香りが強すぎたので、白ごま油にしました。魚肉の味を引き立てるのにこちらのほうがいいと思って」
「ごま油では甘味はなかった。甘味が出る米油と、白ごまの二択で迷っています」
「一味は七振りして、ラー油は五滴混ぜました。一番右のは2つを混ぜたものです」
それぞれの説明を聞くと、ワイシャツ姿の4人の大人たちがスプーンを手に取り試食を始めた。
今年度は“絹姫サーモン”を商品化
今回は、愛知県蒲郡市にある愛知県立三谷水産高校水産食品科3年生の課題研究の授業におじゃました。生徒たちは10人前後の4つの班に分かれ、それぞれ地元の食品メーカーと共同で商品開発を進めている。
そのうち、榎本剛志教諭と、「仲谷先生」こと仲谷琢実習助手が担当する8人組の班は、同県設楽町の愛知県淡水養殖漁業協同組合(JF愛知淡水)が養殖生産している“絹姫サーモン”の魚肉ミンチを、メインの材料として取り組んでいる。
絹姫サーモンは、マス類養殖のブランド品種で、刺身や寿司ネタなどに使われる。愛知県水産試験場鳳来養魚場が発見した無斑のニジマス“ホウライマス”と淡水魚のアマゴとを掛け合わせた魚で、全国各地で商品開発が盛り上がっている、いわゆる「ご当地サーモン」の一つだ。
JF愛知淡水は、豊川水系上流の設楽町にニジマス類やアマゴ類の養殖場を持ち、それらの加工品の製造も行う。前年度は、三谷水産高校水産食品科3年生たちと、“ホウライマスの蜜柑干”を共同開発して、地元のスーパーやイベントなどで販売した。
そして今年度も、3年生とともに別の商品の開発を進めている。
双方の試作品を味比べ
取材にやって来たのは9月下旬。三谷水産高校の実習室で、高校生側とJF愛知淡水(以下、メーカー側)の関係者たちが互いの試作品を出し合う回だった。
冒頭に書いた様子は、最初に高校生側からの試作品を提案した場面。
続いて、メーカー側が試食して意見を述べた。高校生側が使用したごま油の商品が、地元の家庭でよく使われるメーカーのもので、付加価値となるストーリー性が盛り込まれていると評価された。ただ、白ごま油はコストの面で難しく、その点でもこめ油が良いという意見も出された。
次に、メーカー側が持ってきた試作品を出す番となった。
メーカー側は、3つの試作品を提案した。
“食べるオリーブオイル”は、前回の授業で高校生側が提案した“食べるラー油”の試作品にヒントを得て発想したという。スパイスやナッツなどを配合した複雑なレシピで、プロの技を見せつけた。
しかしメーカー側の営業担当者は、「商品にするには何かが弱い。みんなが作ったものとの組み合わせをしたり、他のアイデアはないだろうか」と、再び高校生たちに意見を求めた。
味を決めるのは大変、それだけでなく・・・
これに応じて、高校生たちと先生2人がテーブルに集まった。
別の種類の油を混ぜてはどうかや、地物のあおさを使ってはどうかなど、いろいろと意見は出るものの決め手にならない。そんな様子の中で仲谷先生に声を掛けると、「味を決めるのは、めちゃくちゃ大変です」と率直に答えてくれた。
仲谷先生は食品会社の出身で製造現場を経験している。こうした状況も慣れているようだった。
さらに、「ここで教えているのは調理ではなく製造。高い材料を使って好きなものを作ることではありません。例えばコストを減らす、工程を減らす・・・」とも。頭に置く課題は味だけではない。
同じく生徒のフォローをしていた榎本教諭は、「高校生のコラボ商品として話題になるよりも、作る過程でいろいろと話をして、コミュニケーション能力を養うことが大事です」と、教育者の立場から強調した。
そのあたりはメーカー側も心得ている。
JF愛知淡水加工課工場長の村雲正幸さんは、「私たちだけで商品開発をしても、10のうち1当たればいいくらい」と言う。高校生とのコラボは注目されて宣伝にはなるが、それだけでヒットするほど甘い世界ではない。
その上で、「(ヒットの可能性は)ゼロではない。長年やっている私たちには固定観念があるので、若い人にぽんと言われて気づくこともありますよ」と、期待を寄せていた。
その他、さまざまな意見を交わして午後の2時限目も終了。課題は次回に持ち越しとなった。
好きと嫌いで話し合う
最後に少し、授業が始まる前に見た高校生メンバーたちの素顔を紹介したい。
こちらは賑やかな女子2人、本田梨恩さんと山下希美さん。
山下さんは、もともと釣りが好きで魚に触るのも慣れているそうだ。水産食品科に入学したというのも納得がいく。一方の本田さんは、同科を選んだ理由に明確なものはなかったらしい。しかも、骨が苦手で魚を食べるのも得意ではないそう。
それで実習は大丈夫なの? と思うが、「商品開発のときは、魚が好きな人と嫌いな人の間でよく話し合う」と本田さん。山下さんも、「魚が嫌いな子のためにどう調理するかを考えて、食べやすいものを作ろうと考える」と話した。
他のメンバーたちの輪も訪ねてみたが、皆、互いに遠慮なく得手不得手や将来の夢を語ってくれた。入学当初からコロナ禍で学校生活に制限を余儀なくされてきた年代で、最後のチャンスへの思いもあるようだった。
高校生活3年間の成果を問うコラボ商品は、来年3月までに発表される。この顔ぶれが、食品のプロたちをうならせるシーンを、ぜひ見てみたい。
愛知県立三谷水産高等学校
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