水産事業者の課題は販路が卸売などの事業者向けに偏っているケースが多いことではないだろうか。市場の取引量が大きく下がったコロナ禍では、多くの水産事業者が影響を受けた。
熊本県天草市でカキ養殖を営む原田奨さんもその一人だ。コロナの感染拡大がはじまった年は、前年比4割にまで売上が落ち込んだ。
その状況を変えようと原田さんが動いたのは、地元の柑橘生産者と連携することだった。連携して2年。効果はあったのだろうか。
パソコンが苦手な漁師がネット通販をはじめられたわけ
原田さんが連携した柑橘生産者は、天草の同じ地区に住む筒井洋充さん。航空会社の整備士出身で、長く会社の経営企画を担っていたが脱サラし、2016年に天草にIターンした。
リタイアする柑橘生産者から農園を引き継いだ筒井さんは、移住直後からネットショップを運営していた。顔見知りではあったが、特に親しい間柄ではなかった原田さんとの関係を変えたのは、新型コロナウイルスの感染拡大だ。
外出自粛の影響でカキの販売がうまくいっていないことを知った筒井さんが、原田さんに声を掛けた。
提案したのはミニ・産直マルシェ。商品構成や価格設定、商品説明を考えるのはあくまでも生産者自身だ。商品説明の書き方や価格設定のアドバイスを受けながら、数年後に自走できる状態を目指す。
パソコンを持っていたものの、それまでは個人向け通販など考えたこともなかった原田さんだが、ネット通販へのチャレンジを決めた。その動機について次のように話す。
「すでに経験がある人とやれる安心感がありました。近所にはネット通販をしている人がいないので、興味があっても誰に相談していいかわからない。わからないことを聞ける人もいませんでした。」
近年はさまざまな産直サービスがあるものの、原田さんのようにパソコンやスマホでの登録になじみがない生産者は抵抗感が拭えない。入力項目が多いと、それだけで負担を感じてしまうという。
しかし、サポートを受けながらオンラインショップや産直サービスを利用したことで、だいぶ抵抗感は和らいだようだ。
「個人向け通販ははじめてよかったです。卸売に比べると手間はかかりますが、いいマーケットだと思います。少しずつお客さんが増えている実感がありますし、なにより直に反応を得られるのがいいですね。」
熊本県内で唯一「クマモト・オイスター」の直販を実現
原田さんは熊本県が推進している「クマモト・オイスター」復活プロジェクトに参加している。クマモト・オイスターはシカメガキという種類のカキ。
日本に自生する固有種だが、日本ではマガキや岩牡蠣など大きいカキが好まれるため、注目されることはなかった。人気になったのは第二次世界大戦後のアメリカでのことだ。
一口サイズの小ぶりなカキが好まれるアメリカでは、日本から輸入する種牡蠣に混じったシカメガキの方が人気となり、「クマモト・オイスター」の名でブランド牡蠣の立場を確立している。それが逆輸入され近年、日本でも注目を集めるようになった。
そこでシカメガキの復活プロジェクトをはじめたのが熊本県である。ほとんど資料のない状態から県の水産研究センターと生産者が研究を重ね、安定生産できる状態にまでこぎつけた。
熊本県内でクマモト・オイスターの生産を行う水産事業者の中で、生産者が直接販売をしているところは原田さんしかいない。
「クマモト・オイスターを県内でいち早く直販できる体制に持っていけたのはよかったです。ほとんど卸売しかしたことがなかったので、通販でどう価格を設定すればいいのかわからなかったのですが、お客さんに値ごろ感を感じてもらいつつ、きちんと利益を出せる価格で売り出すことができました。自分一人だったら、利益は出なかったかもしれません。」
インボイスへの対応を見据えてクラウド会計ソフトを導入
コロナ禍は徐々に収束に向かっている。ところが、一難去ってまた一難。2023年秋から、インボイス制度への対応を迫られている。
そこで原田さんは2022年度の会計から、クラウド会計ソフトを導入した。これまでは手書きで請求書を作成していたが、23年のインボイス制度の施行を見据えて切り替えた。
原田さんが感じるクラウド会計ソフトのメリットは、自分で電卓を叩く必要がないこと。計算間違いをする心配が少なく、間違えても最初から書き直す必要もない。
請求書をメールで送れば相手が確認したかどうかがわかるので、請求書の紛失や未確認による未入金の不安も減った。取引量が増えれば、請求や入金状況を確認できる会計ソフトを導入するメリットは大きい。
「周りの水産事業者は卸売中心なので、インボイスの話は聞きません。でもうちはお得意さんに飲食店もありますから、取引先から求められたときに対応できるようにしておくと安心ですよね。操作方法は筒井さんが教えてくれるので、わからなかったら聞きます。」
余力を生み出して次世代につなげる
まもなくカキのシーズンがはじまる。卸売販売はコロナ禍前と同水準まで戻っているが、個人向け通販は今後も続けていくという。
ほぼ卸売一本で苦い思いをした経験から、販路を複数持つ必要性を実感したのだそうだ。今後もよいカキを作ることで、毎年購入してくれるファン作りに注力する。目下は個人向け通販の売上拡大と安定を目指すが、原田さんにはその先の目標があるという。
「売上が安定すれば、違うことをはじめる余力も生まれると思います。そうしたら、ブルーカーボン(海洋生物による二酸化炭素吸収の仕組み)にも取り組んでいきたいですね。いまはごく小さな連携ですが、地域の事業者でブルーカーボンのような次の世代につながる活動ができればおもしろいなと思います。」
原田さんとの連携は筒井さんにとってもメリットがある。個人向け通販は品揃えがあった方が、お互いの商品を知ってもらうチャンスが広がるからだ。その点では、同業者より異業種との連携の方が相乗効果があるかもしれない。
販路拡大のためにはじまった異業種連携が地域に新しい風を吹き込んだ。