漁村の活動応援サイト
vol.54
2022.12.15

水産業の課題に挑むチームが、未来の漁師を育む。
始動「チームTRITON南伊勢」。
フィッシャーマン・ジャパン 島本 幸奈 さん

最終的に私たちの仕事は役割を終えて、無くなっていい。柔らかな口調でありながら強い意思を宿した言葉を、島本幸奈さん(以下、島本さん)から受け取りました。

島本さん 「5年10年と少しでも長くより良い形で漁業が存続していくために、私たちが気づいていることを実現していくことで、何か変化が起きるんじゃないかと思っています。本来、地域でやるべき方々が現状でやりきれない部分がある。だからこそ、私たちが関わらせていただけているのかなと。」

宮城県石巻市の一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンに所属し、漁師を求める町と漁師になりたい人をマッチングさせる「漁師の担い手育成」のプロである島本さん。これまで石巻市で40人、宮城県内で60人の新人漁師を育成してきました。全国各地の漁師の担い手育成プロジェクトに携わる中で、2022年4月より新たに始動したのが三重県度会郡南伊勢町(以下、南伊勢町)の漁師の担い手育成事業「チームTRITON南伊勢」です。

島本さんは毎月10日間を南伊勢町で滞在しながら、「チームTRITON南伊勢」の旗振り役として活躍しています。

島本幸奈(フィッシャーマン・ジャパン)

プロフィール

島本 幸奈
(しまもと ゆきな)

一般社団法人 フィッシャーマン・ジャパン の漁村活性統括、2022年4月より漁師の担い手育成事業 南伊勢町集落支援員を委嘱。宮城県石巻市と三重県度会郡南伊勢町の2拠点生活。千葉県君津市出身。

まずは人と人との出会いから。
全国各地で着々と進む「TRITON PROJECT」。

南伊勢町は、全国的に有名な伊勢神宮から南に約数十キロの場所に位置しています。町は38の集落で形成され、そのうちの17ヶ所が漁村地域です。温暖で自然豊かな町で、町域の約6割は伊勢志摩国立公園に指定されています。町の人口は11,375人(令和4年8月31日時点)ほど。様々な漁業が盛んで、三重県内で一番の水揚げ量を誇る町でもあります。

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南伊勢町南島庁舎の会議室にて

宮城県石巻市から飛行機や電車、車を乗り継いで約8時間。島本さんが南伊勢町に到着してすぐ向かったのは、南伊勢町南島庁舎の会議室。この日は「TRITON PROJECT南伊勢」チームの新メンバー 南伊勢町地域おこし協力隊の藤井祐早さん(以下、藤井さん)を迎えて、町の担当者と今後の動き方を合わせるミーティングが開催されていました。

藤井さんは島本さんと一緒に活動をしながら、フィッシャーマン・ジャパンで培ってきたノウハウを学び、将来的には南伊勢町での漁師の担い手育成を継続的な仕事として取り組める体制構築を目指していきます。

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打ち合わせではスタートを切ったばかりの藤井さんが一人でも業務を進めていけるように、島本さんは藤井さんの目線に立って的確にポイントを押さえた質問で不明点を洗い出していました。藤井さんにとって島本さんは心強い先輩です。

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南伊勢町奈屋浦の漁港で漁師さんと交流

ミーティングを終えたら次の目的地へ移動。南伊勢町奈屋浦の漁港にたどり着くと、マグロ養殖を営む丸久水産の漁師さんたちが温かく出迎えてくれました。訪問の理由は藤井さんの挨拶回りと、2022年10月末に開催される「南伊勢漁師塾×TRITON SCHOOL」の案内チラシを漁師さんに手渡すためです。

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受け取った案内チラシを眺める漁師さん

「チームTRITON南伊勢」で着々と準備を進めてきた「南伊勢漁師塾×TRITON SCHOOL」は、漁師になりたい人が1泊2日で漁師の仕事を体験できる取り組みです。第1回目はマグロ養殖編で、南伊勢町の漁師さんと連携しながら、これから第2回、3回と開催を予定しています。

組織の枠を越えた総力戦
未来のフィッシャーマンを育てる「チームTRITON南伊勢」

水産業の未来を一緒にみんなで作ろう。

フィッシャーマン・ジャパンの拠点である石巻市を中心にあがった声から、「TRITON PROJECT」は発足しました。石巻市や気仙沼市と実績が積み上がっていくにつれ、人と人の関わりや活動地域は少しずつ広がっていきます。

「チームTRITON南伊勢」発足の軌跡を辿ると、南伊勢町で2020年に実施された「水産業の未来に向けた政策会議」に行き着きます。会議の場でフィッシャーマン・ジャパンはアドバイザーとして参画し、その際に提案した政策のひとつに「担い手育成事業」がありました。

そして翌年の2021年には、南伊勢町の水産業のあり方について検討し具体的な事業化につなげる「魅力ある海洋産業振興プロジェクト委員会」が立ち上がり、島本さんは委員として参加。水産業者との交流・意見を交わしながら、南伊勢町とフィッシャーマン・ジャパンで双方に取り組んでいることを共有して、相互理解を深めていきました。

その結果、南伊勢町独自の担い手育成事業を進めていく可能性を見出し、2022年より「チームTRITON南伊勢」がスタートを切ることとなりました。

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「チームTRITON南伊勢」 漁港での記念撮影の様子
【フィッシャーマン・ジャパン提供】

「チームTRITON南伊勢」は、漁師になりたい人と漁師をマッチングさせる入口です。また仕事だけでなく、南伊勢町での暮らしをサポート。フィッシャーマン・ジャパンや南伊勢町をはじめ、三重外湾漁業協同組合、漁業ITベンチャー 株式会社ライトハウスなど組織を越えたチームでプロジェクトが進行しています。

リンク
つなぐ。TEAM TRITON。TRITON PROJECT南伊勢公式ページ

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1泊2日で漁師の仕事がわかるプログラム

島本さん 「基本的には水産業の求人をしたいと思ってくださる方を開拓して、求人情報をコンテンツ化した上で情報を発信をしていきます。そして、定期的に漁師体験プログラムを実施して、応募を頂いた方との交流を通じてご本人の希望を聞きながら、どんな漁師さんの元にマッチングさせるのが良いのか、新規就漁となった際の住まいのことや地域でどのように暮らしていくのか。体験だけで終わりではなく、漁業をしたいという方の描いている将来像に近づけるようにしていきたいと思っています。」

組織を越えた人の連携によって一人のヒトを地域で育てていく、そんな体制づくりに「チームTRITON南伊勢」は取り組んでいます。

島本さん 「『担い手育成事業』としては、まずは実績を作っていきます。最初のステップとして人材の部分。次のステップとして人材だけではなく、本来のお金も動かしていけるような仕組み『南伊勢町の稼げる水産業』に取り組んでいきたいと思っています。」

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TRITON JOB SPOT
【フィッシャーマン・ジャパン提供】

フィッシャーマン・ジャパンでは島本さんや藤井さんが担う「担い手育成事業」以外にも、「水産加工会社での人材育成のプログラム」や「業務改善と新規事業に取り組める会社体制を整える経営者向けの教育プログラム」、「兼業・副業で水産業に関わりを持つ仕組みづくり」など、多岐に渡る事業を展開しています。

水産業の現場ではこれから一人のヒトを育てていくことが大切な反面、水産業の繁忙期にスポットで働くヒトも必要とされています。

「チームTRITON南伊勢」では、水産業の求人サイト「TRITON JOB/TRITON JOB SPOT」を活用した人材募集を実施。フィッシャーマン・ジャパンで実践してきたノウハウが、島本さんを介してつなぎ合わさることで、これまで立ち往生していた町の課題を解決する具体的な糸口が見えてきます。

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むすび目コワーキングにて、移住定住コーディネーター 西川さんとの打ち合わせの様子。

また、新たな漁師になりたい人を町で迎え入れていくためには住まいが必要です。漁師になりたい人と漁師がマッチングしても、安心した暮らしを提供できる町の体制がなければいけません。

フィッシャーマン・ジャパンでは石巻市で空き家を改修した漁師専用のシェアハウスを運営し、引っ越しの負担や移住のハードルを下げるなど、新しい漁師の受け入れ態勢を整えてきました。

島本さん 「南伊勢町では移住定住の促進が積極的で、実績があります。ですので、フィッシャーマン・ジャパンが独自で新たな仕組みを作っていくよりも、これまで積み上げられてきた移住定住の取り組みと連携して一緒にやらせていただくほうが良いと思っています。」

お試し住宅や制度の活用など、既にある南伊勢町の仕組みと連携することで、漁師になりたい人の受け入れ体制を迅速に目指せます。

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島本さん 「行政の方々と漁協さん、漁師さんや地域の方達と一緒になってチーム作りをすることが大事。チームを作って受け皿力を上げていくことを意識しています。皆さんの考え方を今までの考え方だけではなくて、少しずつ開けていけるような考えを持ってもらえるように。10年先のことを考えて、今できることを一緒にやっていきましょうというような話を聞いてもらっています。」

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「夕日とのシルエットが素敵」と急遽開催された漁師さん撮影会。

参考リンク
ドキュメンタリーで知るSDGs 海と未来と若者たち「現役漁師と次世代の担い手を繋ぎたい」
https://documentary.yahoo.co.jp/sdgs/shortfilm/onosayaka_0200298149/

水産業でつながっていくご縁の先に

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南伊勢町 南勢水産「お炭付き鯛」養殖の様子
【フィッシャーマン・ジャパン提供】

東日本大震災と震災前から右肩下がりの水産業の課題を解決するため、地域や職種を越えたチームで色々なチャレンジをしていこうと、2014年に宮城県石巻市で立ち上がったフィッシャーマン・ジャパン。島本さんは立ち上げメンバーの一人です。

19歳で震災を経験した島本さん。計画停電の影響で当時勤めていた職場が自宅待機となったため、東北にボランティアに行こうと駆けつけた先が宮城県石巻市でした。

島本さん 「2週間のつもりが気づいたらもう11年、石巻にいます。」

2014年にフィッシャーマン・ジャパンが立ち上がるまでの間に、炊き出しや避難所から仮設住宅への引っ越しの手伝い、石巻市の水産物や水産加工品を扱うネットショップの責任者を担いました。

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南伊勢町「中ノ磯展望台」からの風景。

「チームTRITON南伊勢」が始動する約7年前、実は三重県に訪れていた島本さん。

2015年12月に石巻市の担い手育成事業を受託したタイミングで、三重県内で取り組む「漁師塾」の視察として各地を回りました。三重県での視察で学んだノウハウをお借りして、石巻市に合った担い手育成事業を築き上げられたと島本さんは話します。

島本さん 「また三重県に関わりを持てることはご縁だなと思っていて、とても嬉しいです。思い入れもあります。まだ始まったばかりではあるんですけども。」

誰にとっても、新たな挑戦。
南伊勢町だからこそ進むこと・既に進んでいること。

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漁師さんとの交流の様子
【フィッシャーマン・ジャパン提供】

島本さん 「南伊勢町ではこれから進むものもあるし、既に進んでしまっているものもあります。」

三重県で人口減少率と高齢化率が最も高くて、三重県下ナンバーワンの水揚げ高を誇る町である南伊勢町。このギャップには、無限の可能性が秘められています。「チームTRITON南伊勢」はフィッシャーマン・ジャパンとしても、島本さん自身にとっても「新たな挑戦」と捉えています。

水産業を取り巻く様々な課題。「漁師の担い手不足」というひとつの課題をとっても、新たな漁師がただ増えたら良いという単純な話ではありません。フィッシャーマン・ジャパンの島本さんが架け橋となり、つながっていく南伊勢町の未来。人口11,375人の漁師町を舞台に、日本全国の期待を背負って始動した「チームTRITON南伊勢」の今後にご注目です。

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一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン


住所
宮城県石巻市千石町8-20 TRITON SENGOKU
TEL
0225-98-7071
FAX
0225-90-4579
公式WEB
https://fishermanjapan.com/

取材・文

濱地雄一朗 | Yuichiro.Hamaji

三重県で活動する地域ライター。三重県といっても東西南北、文化や自然・食と魅力で溢れていることに気づき、仕事もプライベートも探求する日々を過ごしています。専門は物産と観光、アクティビティ体験など。自身で三重県お土産観光ナビも運営中。

三重県お土産観光ナビ
https://mie-hamaji.com

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