漁村の活動応援サイト
vol.55
2023.1.19

「漁師が加工品を作って売る? やめときな、商売にならないよ」
それでも、へこたれなかった北のファーストペンギン。
北海道羽幌町 蝦名漁業部 蝦名 桃子 さん

北海道の日本海側の北部、留萌管区は、ホッコクアカエビの一大産地です。

ホッコクアカエビというと聞き慣れないかもしれませんが、いわゆる「甘エビ」のこと。甘エビというと北海道では増毛ましけが有名ですが、最近は羽幌はぼろも負けていません。

原動力になっているのは一人の女性。「蝦名漁業部」の蝦名桃子(えびな・ももこ)さんを訪ねました。エビを扱う蝦名さん。なんとも運命的な名前です。

「改名したんですか? とよく聞かれるんですが、本名です。旦那はエビ漁師としては二代目ですけれど、ずっと漁師の家系で、昔から蝦名(笑)」

なぜ、桃子さんは、漁師が加工品の製造、販売までを手がける「蛯名漁業部」を立ち上げようと思ったのでしょう。

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シンプルで洗練されたデザインの直営店「甘えびファクトリー」

漁師ってこのままでいいのかな?

「旦那の親と一緒に船のロープを取ったり、仕分けを手伝ったり、おか周りの仕事をずっとしていたんですけれど、結婚して10年ぐらい経ったころですかね、だんだんエビが獲れなくなってきて……。エビの値段って高くなったり安くなったり不安定でしょう? 漁師ってこのままでいいのかな? と、考えるようになって」

水揚げしてしまえば漁師の仕事は終わり、とはいえ、新鮮な状態で販売してほしいというのが素直な気持ち。でも、なかにはサイズを偽ったり、前日のものを今日獲れたと販売したりする店も、残念ながらなくはない。

「ちゃんと販売してよと思うこともあったし。それに、うちで食べている簡単な漁師めしの味をそのまま伝える商品ってできないかな……とか、いろんなことを考えた時期でした」

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エビ籠漁でエビを漁獲する高砂丸

なにかしたい。できることは何だろう? そもそも自分は何のために仕事をするのだろう? 桃子さんは働く意味について考えてみました。ポイントは3つあると思った。

˙ 儲けがでたら、ボーナス的な感じで乗組員に分配できる。
˙ 自分たちが加わることで、エビの浜値を上げることができる。
˙ 羽幌のエビがブランド化できれば、町の活性化にもつながる。

「やっぱり、これはやるべきだって思ったんですよ」

旦那さんに思いを伝えると、「十分に食べていけているのだから、わざわざ大変な思いをして、仕事を増やす必要はないんじゃないかな」とつれない反応。

「でも、ずっと言い続けているうちに、益々やりたくなっちゃって。なんか自信だけはあったんですよね。そうしたら旦那も『じゃ、やってみる?』と賛成してくれて」

最初の商品に考えていたのは、蝦名家の食卓の定番である「甘エビの酒蒸し」。酒で蒸したエビは刺身とはまた違った美味しさで、酒蒸しこそ漁師の食べ方だと桃子さんは言います。

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蝦名漁業部専務の蝦名桃子さん

運の呼び込み方とへこたれなかった理由。

はじまりは2015年。最初は困難ばかりが続きました。

漁協からは「新鮮なエビがあるのに、なんで加熱したエビを販売するの? 酒蒸し? ああいうものは、タダでもらうからみんな美味しいって言うだけ。商売にならないよ」と忠告を受けました。

ちょっと悔しかった。

それでも加工場用に、調理の設備がついた、今は使われていない施設を斡旋してくれたので、使えるように旦那さんと大掃除。

「最初は大変でしたよ。加工屋さんにも『ずいぶん無礼なことするね。漁師がモノ作って売る必要ある? 俺たちがいるのに』って言われたし。漁師仲間からも白い目で見られたし。なんか町中を敵に回したようになっちゃって」

「でも、間違いなく漁師のためになることをやるんだという気持ちがすごく強かった。だから、頑張ろうって。それしかなかった」

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水揚げされたばかりの新鮮なホッコクアカエビ

製造や販売に関してはまるで素人。しかも、3番目の子どもが幼稚園に入園したばかりで一番手がかかるとき。でも、桃子さんはパワフルでした。

どうすればモノを製造できるのか、販売できるのか。北海道留萌振興局などに相談を重ね、勉強しては資格を取り、保健所など関係各所を回り許可を取り、300万円を投資して、急速冷凍庫、保管用冷凍庫、真空包装機などの設備も揃えました。

「漁業の6次産業化ということで、行政はすごく応援してくれました。それでも、JANコードの取得だとか、すべて一から学ぶわけですから。一つ一つ電話をして、あちこち回らなきゃいけないし、楽ではなかったですね」

最初の商品、甘エビの酒蒸しの開発も簡単ではありませんでした。

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土台となった第1号商品『酒蒸し甘えび』

「お酒の量、塩分濃度、蒸す時間だとか、家では適当でしたから。いざ、商品化するとなると、その調整にすごく時間がかかりました。最初の一口が美味しいのと、飽きずに美味しく食べ続けられる味とでは、同じ美味しさでも微妙に違うじゃないですか。食べ過ぎて、自分の舌がおかしくなっちゃって、友達にも助けてもらって、データを取って」

甘エビは活きているものしか使えません。大鍋で蒸しあげ、一尾一尾ヒゲを切り、白く見えるアクを取り除いた後、一尾ずつ手に取って、傷がついていたものをはねて、最後に形を整えて急速冷凍し、真空パックにします。

「作るからには、この辺の道の駅だけで売るような商品じゃなくて、デパートでも扱ってもらえるものにしたいなって。そのためには、品質もデザインも、すべてパーフェクトにしようと思っていました」

苦労して完成した最初の商品『酒蒸し甘えび』はすぐに「北のハイグレード食品* に選定されました。味と素材の太鼓判をもらったわけです。これは羽幌町ではじめてのことでした。

* 2011年にはじまった北海道経済部食関連産業局が主催する、一流シェフやカリスマバイヤーなど「食」の第一人者たちが道産食品のトップランナーを選定する賞。

同時期にテレビショッピングで1週間、商品が放映されたことも重なって、順調に注文が入るようになります。

北海道のアンテナショップ「どさんこプラザ」、高島屋、イオンと大手の取引先が増えるとともに、OEMでカルディから委託されて作った『万能香味えび油』は、テレビの朝の情報番組や、人気芸能人に紹介されたことで販売数がどーんと激増。

どんどん忙しくなる毎日。てんてこまい、でも楽しい。

「商品を気に入ってくれたバイヤーさんから、酒蒸しと刺身を組み合わせたギフト用のセットを作れないかとか相談されて。要望に応えているうちに、加工場も1年ちょっとで狭くなりましたね」

本州まで持ち帰りやすいお土産も、ということで、甘エビのラスクやフレーク、パスタソースも開発しました。

現在、蝦名漁業部が製造している商品数は約40種類。

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料理心をくすぐる、かわいい瓶詰めの『甘えびのパスタソース』

「商品を置かせてください、と初めの頃は駆け回ったんですけれど、今は、おかげさまで、売りたいという話をいただけるようになりました」

成功しても忘れてはいけないこと。

会社が順調に回り出したのを見て、周囲はどういう反応だったのでしょう。

「もう周りも何も言わないし、6次化に興味をもった若い漁師から相談されたりして。本当に変わって、反響はすごくありました」

「加工場の従業員を雇用するときは乗組員の奥さんから声をかけるんですよ。小さな子どもがいるからって働くのを諦めているんだったら、好きなときだけでもいいからおいでって」

「すると、旦那が獲ってきたエビだし、奥さんも扱いがわかっているから早いし、丁寧だし。こういうのっていいなって思いました」

順調とはいえ、大きくなれば、難しい判断も増えてくるのがビジネス。

「エビが獲れないから作れないなんて言えませんからね。約束したら、その分はしっかり確保しなきゃいけない。どんなに不漁で原料が高く赤字になっても約束した分は必ず製造します。」

一般に、エビ風味にするためのエビパウダーは、身を抜いた後の頭や殻やヒゲなどを乾燥させて作ります。しかし、蝦名漁業部では、一度酒蒸したエビを丸ごと乾燥させてから粉末にしたエビパウダーで『甘えびのラスク』や『甘えびのフレーク』を作っているのです。

「身だけを食べるのなら、底曳網でもエビ籠でも、それほど差はないかもしれない。でも、頭や殻もすべて使ってパウダーを作るとなると、底曳網で獲ったエビではうちのクオリティは保てないんです。自分たちが美味しいと思うもの、その誇りだけは守っていかないと。うちのほとんどの商品は、最初の『酒蒸し甘えび』がベースになっているんです」

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エビ籠で獲るため、ストレスをかけずに美しい姿のまま水揚げできる。

お客さんの生の声が聞ける場所としてのイートイン。

現在の場所に、直営店を開いたのは2018年。最初は自社製品を販売もする事務所でした。お客さんが来たら事務仕事の手を止めて対応。

「でも、事務所ってお金を生まないじゃないですか。で、思ったんですよ。漁をすると必ず出る規格外のエビ。見栄えの問題で出荷できないエビを利用できないかな、って。せっかく観光に来たんだから、この町で生のエビをちょっと食べてみたい人はいるはず。なら、事務所のスペースを改装して、ランチでエビ丼を提供してみたらどうだろうって」

ミニサイズの丼を提供してみると、評判がよく、もっとボリュームのあるものをというリクエストに応え、サイズも増やしていきました。一番人気のLサイズには、たっぷり250g(だいたい22~23尾)のエビがのっています。

ひゃー、きれい! うわっ、うまい!

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甘エビ、ぼたんエビ、しまエビを使った「賄いえび丼」。

「加工品の製造だけだと、実際に食べた感想ってなかなか聞けないじゃないですか。お店をはじめたら、召し上がった方から『美味しいね』という生の声が聞けるんです。それは本当に楽しいことだし、一番の励みになります」

「それに、加工場が一番忙しいのは秋から冬にかけて。加工場が暇な夏にはみんなでお店もやって、秋になったらみんなで加工場。そんなふうに、通年、みんなで一緒に仕事ができるようにしたいとも思ったし」

一歩踏み出してみて、本当によかったと桃子さんは感じています。

甘えびファクトリー
(有限会社 蝦名漁業部)


住所
北海道苫前郡羽幌町幸町57番地
公式WEB
http://amaebi.life/

取材・文

遠藤 成

遠藤 成(えんどう せい)

編集者・ライター
神奈川県出身。2009年に出版社を退職後、ヨットで日本を一周。全国の漁港に寄港するうちに、漁業の多様さに興味を持ち、水産関連の記事を手掛けるようになる。(一財) 東京水産振興会が運営する「豊海おさかなミュージアム」においては、特別企画展の展示資料(パネル・解説ノート)の制作や、ミュージアムHP掲載のエッセイ「今月の魚」の執筆なども担当している。趣味は世界各国の魚図鑑の収集。

豊海おさかなミュージアム ウェブ版解説ノート 
https://museum.suisan-shinkou.or.jp/guide/

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