漁村の活動応援サイト
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vol.58
2023.3.1

海と山の資源循環を追いかけると、
その先にはワインがある
三重県津市 
一般社団法人海っ子の森
 山下 達己 さん・高谷 俊彦 さん

「おいしいワインは海の香りがする」

その言葉がきっかけだったと、山下達己さんは振り返る。

三重県津市の一般社団法人海っ子の森は、地元の産地で産業廃棄物として出される牡蠣殻を肥料とし、山梨県の畑でワイン用のブドウを育てる共同プロジェクトを進めている。ワインと好奇心をモチベーションに、海の「ごみ」を山の「宝」に変えようと奮闘しているお2人を紹介したい。

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海と山をめぐる物語を秘めたワイン
(伊勢美し国醸造所提供)

清掃アピールから海の恵を知ることへ

山下達己さんは三重県紀北町の漁師町出身。家は代々の漁師だが、高等専門学校を卒業して電気関連会社に就職した。職場のある津市に引っ越し漁業とは疎遠になるが、営業で訪れた鳥羽市水産研究所で、身近な海が「海の砂漠化」と言われる磯焼けの危機に瀕していることを知った。

「磯焼けでアワビやサザエが激減していると聞いてショックを受けました」

職場で話題にすると、関心を持つ仲間が集まってきた。そして2004年、職場仲間とともにNPO法人海っ子の森を設立(後に一般社団法人化)し、代表となる。鳥羽市や紀北町の海底に海藻を植える「海の植林活動」や、海岸清掃、稚魚・稚貝の放流などに取り組んだ。

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活動の一つとして行ってきた海岸清掃。
(山下さん提供)

ただ、活動の中で違和感も出てきた。

海岸清掃でごみをたくさん集めたことをアピールするのが、本当に良いのか? それよりも、海の恵みを知ることのほうが大切なのでは。

山下さんには、故郷で「じいちゃんやばあちゃんが畑に海藻をまいたり、鶏の餌に貝殻を混ぜたりしていた」のを見ていた記憶があった。

そこで、海の資源を無駄なく使うことに重点を移し、海岸で拾った漂着物の海藻や貝殻、魚の死骸などを肥料にするために、エンジニアのメンバーの力を借りて肥料製造マシンを完成させた。

また、海藻から作った肥料を伊勢市のメンバーの畑にまき、安納芋を栽培することも始めた。地元の園児らとの収穫体験も恒例となり、環境教育の場として定着した。

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肥料製造マシンはイベント会場でのPRでも活躍。
(山下さん提供)
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子どもたちを集めた海っ子農園での収穫体験。
(山下さん提供)

海のごみの資源化から、海から畑への資源循環へ。身近な場所で形にしたが、これをさらに大きく発展させてくれる味方が現れた。高谷俊彦さんだ。

新しい仲間はワイン職人

高谷さんは大阪出身で、大手飲料メーカーでワインづくりに携わっていた。山下さんとは会社関係で知り合い、海っ子の森の活動に共感してメンバーとなった。

その後、新型コロナウイルスの流行をきっかけに働き方を考え直したことから、会社を辞めて起業を決意。2020年、移住して海っ子の森事務所を拠点に株式会社次世代一次産業実践所を設立した(その後、伊勢市に移転)。

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脱サラして起業家兼ワイン職人となった高谷さん。ソムリエの資格も取得した。

同社は社名の通り、農林水産業の生産性を向上するため、新しい技術や方策を創造することを目的に掲げ、資源循環を事業の柱の一つに位置づける。

さらに高谷さんは昨年11月に、ブリス・ダイニング社が伊勢市で立ち上げた都市型ワイナリー“伊勢美し国醸造所”、ならびに伊勢志摩ワイナリー株式会社でのワインづくりをプロデュースしている。

高谷さん自身もワイン職人としてスタッフとともに醸造所に入り、調達したブドウを仕込んで熟成させる作業に励んでいる。また、この地域で10年にわたりワイン用のブドウ栽培にチャレンジしているとなり町の南伊勢町のグループとも連携して、昨秋にオリジナルワインを醸造した。

順調にいけば、2, 3年後には原料から製造まで伊勢志摩産のワインが完成する予定。どんな味に仕上がるのか気になりつつも、資源循環の話に戻すと、土壌肥料として牡蠣殻を使っている。

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伊勢美味し国醸造所は、バーやステーキレストランを併設した街中の都市型ワイナリー。
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高谷さんとスタッフが働く醸造所内。温度と湿度が管理され、冬の外よりも寒かった。

牡蠣殻でワインができる理由

牡蠣殻肥料をワイン用のブドウに使うこと自体は、すでにいくつか例があった。また、一般的な農業用の「有機肥料」は、油粕、鶏糞、牡蠣殻、魚粉などから作られていて、特に珍しいものでもない。

ただ山下さんは、新潟県のホームセンターで三重県産の魚粉が肥料として売られているのを見つけたときに、思ったことがあった。

「肥料の原料がどこのものかなんて誰も意識していない。それを何かのネタに出来ないか……」

そのヒントとなる出来事が、鳥羽の民宿で開いたワイン会の席であった。

参加していたワイナリーの技術者が、「おいしいワインは海の香りがする」と言うのを耳にしたのだ。

山の畑で育てたブドウのワインから、なぜ海の香りがするのだろうか?

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牡蠣殻をまいた南伊勢町のブドウ畑
(次世代一次産業実践所提供)

同席した高谷さんは、答えを知っていた。

「フランスのブルゴーニュなど、いいワインができる産地は石灰質の土壌であることが多い。石灰岩は貝殻や甲殻類などの殻からできたもの。その場所は大昔、海の底だったということです」

石灰質の土壌はアルカリ性となるため、ブドウの栽培に適する。これに対し、日本の土壌は火山由来の地質や雨が多く、酸性に傾くため本来は向いていない。

そのため土壌改良材として石灰をまくが、漁村の畑に貝殻などをまいていたのも同様のことと言える。貝殻は石灰以外のミネラルも微量に含むため、pH調整の効果は緩やかで養分をバランス良く補給できるメリットがある。

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山下さんが海っ子の森を設立して20年近くとなる。社会貢献団体として表彰されたことも。

知られず、連携していないから

専門知識と技術を持つ高谷さんが加わり、海っ子の森による資源化の活動もレベルアップした。目下、耕作放棄地の改良からワイン製造まで手掛ける山梨県のcity farm社との共同プロジェクトが進行中だ。

内容は、山梨県の八ヶ岳山麓の高地約1ヘクタールの農園を最大100トンの牡蠣殻肥料を使って土壌改良し、ブドウの苗木を植え付けるというもの。遠い海と山を結ぶ形での資源循環となるわけだ。

鳥羽市安楽島地区から粉砕した牡蠣殻を調達し、愛知県の株式会社ビジネスサポートOJTが肥料に加工して、山梨の農園に届けるスキームを構築した。昨年、資金調達のクラウドファンディングを行って目標額を達成。農園のグランドオープンは2024年の予定だ。

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苗木を植える共同プロジェクトの農園予定地
(次世代一次産業実践所提供)

牡蠣の産地からは、殻むきや食事提供などで膨大な量の殻が出る。海への投棄は当然、法律違反で、事業者の責任で適切に廃棄しなければならない。

ちなみに県内随一の牡蠣の産地である鳥羽市では、鳥羽かき殻加工センター(一般財団法人鳥羽市開発公社)で年間4,700トンもの牡蠣殻を受け入れ、肥料に加工している。生産者が払う処理費は廃棄費用よりも安い。

ただ、こうした資源化の事業を拡大していくためには、同時に資源の使い道や売り先も広げなければならない。しかも一次産業全体で見れば、「ごみ」は牡蠣殻の他にも無数の種類がある。

高谷さんは「捨てればお金がかかるけど、資源にすればお金を生む。そういうものがたくさんあるのに使われていないのは、知られずに連携していないから」と指摘する。

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山梨県にあるcity farm社のブドウ農園
(次世代一次産業実践所提供)
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city farm社の農園で牡蠣殻を試用した状態
(次世代一次産業実践所提供)

伊勢エビ殻のワインも

新しい海っ子の森の活動として、高谷さんは、ホテル運営会社から伊勢エビ料理の残さ(殻)の処理について相談を受けた。殻に付着する身の腐臭が課題だったが、殻を粉砕しながら酵母発酵させる方法で嫌な臭いを抑え、実用できる肥料へと資源化することに成功した。

この伊勢エビ殻の肥料でブドウを育て、ワインを作ることも考えているという。

一方の山下さんは、全国各地を回っている。果物の皮や木材チップなど、山の「ごみ」についても資源化や新たな循環につなげられないかと研究している。

ビジネスとなるかは未知数でも、できることから実践し、可能性を広げていく。乗り越えるべき課題は山積みのはずだが、お2人の様子は楽しそう。

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粉砕した伊勢エビの殻と、それを粉末にした肥料。粉末の臭いは鰹節のようで嫌みはない。

そういえば、取材の中で高谷さんは「その先にワインがあるというのがいいんですよ」と言っていた。一方の山下さんは、「ワイン好きの人は好奇心が旺盛で、何でも聞いてくるので刺激になります」と話していた。

楽しみと刺激を与えてくれるワインが、未知の可能性に挑み続ける力となっているのかもしれない。

一般社団法人海っ子の森

住所
〒514-2304 三重県津市安濃町太田1603-29
メール
umikko@umikko.jp
ウェブサイト
http://www.umikko.jp

取材・文

鼻谷年雄(はなたに としお)

ライター、編集者。ゲストハウスかもめnb.運営。
三重県出身。東京のテレビゲーム雑誌編集部勤務を経てUターン。ローカル雑誌編集者、地方紙記者として伊勢志摩エリアの話題や第62回伊勢神宮式年遷宮などを取材する。フリーランスとなって三重県鳥羽市にゲストハウスかもめnb.をオープン。同市の移住者向け仕事紹介サイト “トバチェアズ” のライター、伊勢志摩国立公園関連の出版物編集などを手掛ける。ときどきシャボン玉おじさんに変身。

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