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vol.63
2023.6.15

あおさのりの海に輝く女性部新人ママの笑顔
松阪漁業協同組合女性部 丹羽 菜穂美 さん

丹羽菜穂美さんは、夫とともに海で仕事をし、家では3人の娘の母として奮闘中。今年からは、漁協女性部の新人メンバーとなった。コロナ禍により各地で女性部の存続が危うくなる中、目の前の課題と先行きの不安にどう向き合っているのか。お話をうかがうために、あおさのりの収穫が真っ最中の猟師漁港を訪れた。

あおさのり収穫の朝

午前10時過ぎの猟師漁港。春のかすんだ空の下、たくさんのかごを載せた「べか船」が次々と港に戻ってくる。沿岸に連なる養殖網を巡り、のりを摘み取ってきたところだ。

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あおさのりを入れたかごを船から陸に上げ、手分けをして運ぶ。

船を岸壁に付けてかごを引き揚げる。その中に、青いキャップとウェットスーツを身に着けた菜穂美さんの姿もあった。

夫の智紀さんと、のり網のオーナーである「親方」夫婦とともに、4人で力を合わせて重たいかごを積み上げ、その中身をバスタブ状の洗浄機に流していく。

出口で絞ったのりは、網袋に入れて道路の前に並べていく。数がまとまると軽トラックに載せ、市場内の脱水機に運んで脱水する。

あたりを見回しても同様で、力仕事も含めて男女の役割の差はほとんど見られない印象だった。

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洗浄機から絞り出てきたあおさのり。色の濃さが出来の印。

漁協女性部は試練の時

今回、菜穂美さんを取材を申し込んだきっかけは、3月初めに東京で開催された第28回全国青年・女性漁業者交流大会のニュースだった。

松阪漁協女性部は「つなげ!漁村女性のエネルギー!~松阪漁協女性部の地域活性化」と題して、同女性部の取り組みとともにコロナ禍で見直した女性部の存在意義などを示して高く評価され、JF全国女性連・JF全国漁青連会長賞に選ばれた。

菜穂美さんは新人部員でありながら、その発表者として舞台に立った。

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力仕事も含めて男性たちとほとんど同じことをする。

発表のテーマはタイムリーなものだった。漁協女性部の活動は、かねてからの部員高齢化に新型コロナウイルスの流行による活動休止が追い討ちとなり、全国各地で困難に直面しているからだ。

三重県漁業協同組合連合会指導部によると、2022年4月調査時点の県内の漁協女性部員は、4漁協13支所に575人。前年4月調査では6漁協20支所に1,113人であったのと比べて、突然の大幅減となった。

松阪漁協女性部の部員数は取材時点で40人。ほとんどが60代以上とやはり高齢化している。コロナ禍は乗り越えつつあるものの、39才の菜穂美さんには大きな期待、裏を返すと大きな負担がかかるのではないか。

先輩との信頼関係

インタビューには、女性部長の西典子さんにも立ち合っていだだいた。

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漁協事務所でインタビューに応じる丹羽菜穂美さん(左)と西典子さん。

西さんは、「このへんでは昔は『夫婦船』が当たり前。でも、いまは漁師の家に嫁いでも会社勤めを続ける人が多い」と説明する。

そんな中で、菜穂美さんは結婚を機に勤めていた会社を辞め、本格的に漁業を始めた。いまどきでは珍しいケースだ。

「わたしの親も会社員でしたが、子供のころ、祖父によく潮干狩りやたて干しに連れて行ってもらっていたので、漁業にあまり抵抗がなかったんです」

菜穂美さんは、漁港のある猟師町とは別の地区に住むが、地元の西さんとの付き合いは長い。

現役女性漁師でもある西さんから、のり網の上げ下げや、貝を採る道具であるじょれんの動かし方など、男性との力の差をカバーするための仕事のコツを教わってきた。

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あおさのりの網の高さを調整する。
(写真提供:松阪漁協女性部)
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数は減ったものの、夫婦で船に乗る光景は現在もある。

そういった経緯の中、女性部には自然と誘われたが、子育てを理由に一度は断っていた。昨年、末の子が小学3年生になり父母に預けることもできるようになったので、頃合いだと引き受けた。

とはいえ、仕事と家事に追われる中で、ボランティア活動も増やすことになる。負担ではないのか?

これには、「女性部がめんどうと思ったことは一度もありません」と、あっさり。

「こんな人と一緒だからじゃないですか」と横で言うあたり、西さんへの信頼がうかがえる。

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漁協事務所の玄関で立ち話をする2人。

菜穂美さんを女性部に勧誘した西さんだが、「家の都合がある」となれば無理は言わないように配慮しているそうだ。西さん自身も漁家に嫁ぎ、子育てをした経験があるからだろう。

だから、菜穂美さんも女性部が負担というより、愚痴を話せたり、子供を見守ってもらったりと、助かる場だと捉えている。

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子連れでの活動も、見守ってもらえるからこそ。
(写真提供:松阪漁協女性部)

「猟師のあさりご飯」復活へ

ところで、松阪漁協女性部の活動が最も忙しく、盛り上がるのは、イベントでのあおさのりやアサリを使った料理の販売のときだそう。なかでも「あさりご飯」は郷土の味として人気が高い。

イベントはコロナ禍のせいで3年ほど休止されていたが、昨年11月に市内のイベントに出張すると、久々のあさりご飯を喜ぶ人が多く、売り場に立った菜穂美さんはその愛着度に驚かされた。

「これだけでも女性部の存在意義がある」と感じた。

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あさりご飯の調理。
(写真提供:松阪漁協女性部)

ただ、そのあさりご飯も、いつまでも続けられる保証はない。

「猟師のあさりご飯は独特で、『貝剥き』がわたしらでは大変」と西さん。

アサリは殻のまま茹でて口を開けるのが一般的だが、ここ、松阪市猟師町のあさりご飯では、まず、殻が閉まった活きた貝の口を開けて身を出す。

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アサリの貝剥き作業の手元。
(写真提供:松阪漁協女性部)

猟師町は、もとはアサリの産地で、50年前頃は山ほど採れていた。貝剥きは、小さな貝の固く閉まった口に、貝剥き刃を差して開くもので、「家のおばあさんの仕事」と決まっていた。

ちなみアサリの激減は伊勢湾全体にわたり、松阪市では2019年3月以来、水揚げゼロが続いている。国の事業を活用して地元の漁師たちが資源回復に取り組んでいて、徐々に成果も出てきたが、まだまだ時間は掛かりそうだ。

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女性部メンバーが集まっての貝剥き作業。
(写真提供:松阪漁協女性部)

西さんは、アサリ漁が盛んだった時代にとなり町から嫁いで来て貝剥きを教わった。それでも、ベテランたちの手早さにはかなわない。

だからイベント販売の前には女性部の熟練者に声を掛けて頼る。

新人の菜穂美さんも、今年は貝剥きを習うことになりそうだ。ただ、拭えない不安がある。

「わたしと上の世代との間が大きく空いていて、みんな元気でいてくれているうちはいいけど、先々はわたし一人になってしまう・・・・・・」

仕事、子育て、漁村をつなぐ

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漁の後も、作業小屋で夫婦の仕事が続いていた。

話は変わるが、若い菜穂美さんなりに、女性部でやってみたいことはあるのだろうか。

すると、具体的な計画ではないが一つ、「出前授業」に関心があると言った。

地元の小学生に漁業や市場を体験させる出前授業は、漁協青年部のほうで実施してきた。それとは別に、学校運営に関わるコミュニティ・スクールの委員も務める菜穂美さんとしては、給食の場で増えている子供の魚嫌いについて、なにかできないかと考えているそうだ。

「それに、子供に関心を持ってもらえれば、同じ世代のお母さんたちもついてきてくれるかも」

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娘さんたちがお手伝いに来ることも。
(写真提供:丹羽菜穂美さん)

そばでともに汗をかいてきた智紀さんに、菜穂美さんの仕事ぶりについて尋ねみた。

「海の上ではあんまり口きかないですよ。けんかするから」と照れ笑いをした。

「でも、すごく助かってます」と感謝の気持ちは隠さなかった。

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菜穂美さんと夫の智紀さん。

よく働く。魚食を守る。浜の暮らしに活力を与える。

課題や不安があっても前向きで、仲間や家族とともに明るく笑い合う。

そんな菜穂美さんの姿は、漁村をつなぐ女性たちのエネルギーそのものに見えた。

松阪漁業協同組合

住所
〒515-0801 三重県松阪市新松ヶ島町620-55
電話
0598-51-2382

取材・文

鼻谷年雄(はなたに としお)

ライター、編集者。ゲストハウスかもめnb.運営。
三重県出身。東京のテレビゲーム雑誌編集部勤務を経てUターン。ローカル雑誌編集者、地方紙記者として伊勢志摩エリアの話題や第62回伊勢神宮式年遷宮などを取材する。フリーランスとなって三重県鳥羽市にゲストハウスかもめnb.をオープン。同市の移住者向け仕事紹介サイト “トバチェアズ” のライター、伊勢志摩国立公園関連の出版物編集などを手掛ける。ときどきシャボン玉おじさんに変身。

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