漁村の活動応援サイト
vol.64
2023.8.24

漁師と消費者が繋がり、未来の海を育てる
苫前の『ReTAKO』プロジェクト。
北海道苫前町 inaka BLUE 小笠原 宏一 さん

小笠原宏一さんは北海道の北西にある日本海に面した小さな町、苫前(とままえ)町の漁師です。

春はカレイ、ニシン、夏はナマコ、ミズダコ、冬はカジカなどいろいろな魚種を漁獲しています。そのなかでも柱の一つがタコ。春から夏にかけて樽流し漁、そして通年操業のタコ箱漁で、世界一大きなタコといわれるミズダコを捕まえています。

生産者が加工・販売まで手掛ける6次産業化への取り組みは全国にありますが、宏一さんの6次産業化プロジェクトはかなりユニークです。

なんと、せっかく獲ったタコを海に戻すというのです。

ちょっと、意味不明……ですよね? 宏一さんに話をうかがいました。

「漁師の仕事は出荷してしまえば終わりですから、そのあと……レストランで調理されるのか、切り身になってスーパーに並ぶのか、加工されるのか、わからない。それがちょっと物足りなくて、食べた人の声が直接聞ける商品を作りたいと思っていたんです。

その一方で『漁業改善プロジェクト』「Fisheries Improvement Project」(FIP) …… 持続可能な漁業のレベルの向上を目指すプロジェクトですけれど、それにも関わっていまして」

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タコ樽流し漁で「いさり」という仕掛けを投入する小笠原さん

5年かけて苫前のミズダコの樽流し漁を高度化中

宏一さんがFIPでどんな取り組みをしたのかをざっくり説明すると……。

まず、資源管理をするためには、今、どれくらいミズダコがこの海域にいるのか、資源の状態を把握しなくてはいけません。一日に獲れたタコの総キロ数の記録しかなかったものを、どれくらいの大きさのが何匹とれたのか、小さな2.5㎏未満のタコ(獲れても放流する)は何匹だったかなど、詳細なデータを収集することから始めました。

次に、得られたデータをもとに、CPUEという指標でタコの減少傾向を示す値がでた場合、獲りすぎないように漁具を減らすことを漁師間で取り決めました。

CPUE:Catch Per Unit Effortの略。漁具一式当たり、漁船一隻当たりなど、単位となる漁獲努力量当たりの漁獲量のこと。資源管理上での重要な指標。

苫前で樽流し漁を行う漁師さんは約30名、しかもほとんどが宏一さんの大先輩です。言うは易し、行うは難し。宏一さんは1軒1軒まわって、全員の理解と協力を取り付けました。

想像するだけでも絶対面倒ですよ、これは。

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ミズダコは大きくて力も強く、動きも素早い

「FIPは僕ひとりではできないんです。水産試験場や、研究機関、そして苫前の漁師の理解と協力があってはじめてできること。多くの人が関わり、みんなで協力していくことこそが町の強みになっていくと思うんです。大丈夫です、話せばみんなわかってくれます」

こうして一歩ずつ着実に、苫前のミズダコ樽流し漁を水産物の代表的なエコラベルであるMSCの認証が取得できるレベルまで高度化することを目指しているのです。

水産資源や環境に配慮していると認証された漁業で獲られた水産物にのみつけることが許されたラベル。

ありふれた商品では消費者に響かない

資源評価、資源管理と進んで、次のステップが流通の改革です。となれば、漁師が自分で捕まえた新鮮な素材を加工して販売する……ですよね?

「ええ……でも、そういった商品はすでにたくさんあるじゃないですか。それだけではたぶん、消費者に響かないんじゃないかなって」

宏一さんは考えました。強みである持続可能な漁業のコンセプトを活かし、消費者も巻き込むような商品ができないものかと。

「エコラベルとかいろいろありますよね。持続可能な漁業を目指す僕らにとっても、ラベルの貼られた商品をチョイスしていただくのは、とてもありがたいことです。

ただ、買うときに海や環境に貢献したことは意識できても、購入したことが具体的にどう環境保全や資源保護に繋がるのかってわかりにくいじゃないですか。

購入者もワクワクしたり、面白がれたりする仕組み……買ってくれた人が苫前の海に繋がる仕掛けができないかなって。楽しかったら続けて応援してもらえるだろうし」

確かに、エコラベルなどは環境に優しい選択をしたという納得感は得られても、参加している感は乏しいところがあります。

「で、考えたのがこの『ReTAKO』という商品です」

YouTube「漁師たこーいち/北海道のひだりうえ」
https://www.youtube.com/@tako-ichi

コンセプトには「苫前沖産のタコを食べて漁師と一緒に漁村の未来をつくりませんか?」とあります。どういうことなのでしょう。

「例えば、僕がタコを1トン漁獲して、漁協に持って行って得た利益を100とします。で、6次化して1トンのタコを自分で加工・販売して、利益が倍の200になったとします。ということは、1トンのタコで僕は2トン獲ったのと同じ利益を得たわけです。

そこで、商品を購入していただいて利益が出たぶん、10kg未満のサイズのタコを海にリリースしますと購入者に約束して、実際にタコを海に戻す模様をYouTubeなどで公開する……という仕組みを考えてみました。

動画を見てもらったら、自分が購入した結果、タコたちがリリースされて、海に戻っていったタコたちが将来、卵を産んで次のタコ、また次のタコと世代が続いていく……とリアルに感じられるんじゃないかなって」

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ミズダコは世界で一番大きなタコである

食べてサステナブルなタコ漁に参画できる

6次化してより多く稼ぐという発想ではなく、6次化で資源も守る仕組み作り。しかし、資源保護が目的なら、利益が出たぶん漁獲量を減らすという選択はなかったのでしょうか?

「最初は利益に応じて、漁具数を減らすとか、操業時間を短縮するとかも考えたんです。でも、それって曖昧じゃないですか。漁具を少なくしても、たくさん獲れることはありますし、消費者にも伝わりにくい。

だったら、小規模ではありますが、タコを海に還元する様子を見てもらうほうがいいのかなって」

どこの漁業者も6次化で一番頭を悩ませるのが、どんな付加価値をつけ、差別化するか、です。宏一さんは「購入者との約束」という付加価値を加えたのです。これはかなりユニーク。

タコは、その大きさ、動きの速さ、瞬時に変化する色や形など、動画の素材としての迫力もある魅力的な存在ですし、生命力が強いので、漁獲されても元気に海に戻って行きます。

それにしても、漁師が漁獲したものをリリースするというのは、お金を海に捨てているみたいなもの。覚悟がいります。

「タコの資源が持続的にキープできるのであれば、むしろそれでいいのかなと。もちろん経費はペイできるようにはするので」

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樽流し漁とタコ箱漁を合わせて、この日は約500kgの漁獲があった

商品はシンプルにタコを茹でたもの。10㎏程度の大きさのタコをチョイスし、茹でて皮をむき、足は1本、アタマは半分にして冷凍パックに。1つ約700gですから、10kgのタコ1匹で10個の商品ができます。

「やさしい塩味なので、何もつけずにそのままでも食べられます。あと、ミズダコは火を通しても固くならないので、個人的には天ぷらも好きですね」

タコといえば足が人気ですが、筆者はアタマ派。タコのアタマといっても実際は腹。魚と同じで美味いのは腹周りだと思っています(※個人の感想です)。

ミズダコのアタマを食べるのは初めてでしたが、コウイカのようなしっとり柔らかな食感。でも、力強い。これは美味い。

優れたパッケージデザインも魅力

パッケージにも仕掛けがありますが、デザインも宏一さんが?

「いえ、『パッケージデザインコンテスト2021 in 北海道』というコンテストがあって、僕はデザインをしてもらう商材に応募して、タコでこういう商品を作りたいと発表したんです。それに興味を持ったデザイナーが形にしてくれたのがこれで、コンテストのグランプリをいただきました」

海産物とは思えない、スイーツが入っていそうなBOXを開けると……。

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    inaka BLUE は宏一さんの会社の屋号
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    しっかり書かれたコンセプト。で、これをめくると……
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    朝の苫前の海に包まれたミズダコのアタマ

明確な商品コンセプトが完成されたデザインに結びついたわけですね。

販売は現在、1日30個限定で、ホームページからECサイトを通して販売しています。消費者参加型のサステナブルな漁業というコンセプトに賛同してもらった方に買っていただくのが前提なので、当面、店舗に置くことは考えてはいないそうです。

漁師系YouTuberでもある宏一さん。YouTube を始めたのも消費者と繋がりたいという気持ちからですか?

「漁師の仕事って大雑把にしか知られていないじゃないですか。日々の漁に興味を持つ方もいるかなと思ったので。あとは、苫前のことも知ってもらいたかったし。

苫前の漁師はこんな漁具を使って、こんな風に漁をしているんだとか、見て面白いと思ってもらえたらいいなって」

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    ナマコ漁で漁獲された珍しい白いナマコ
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    近年はニシンもよく獲れています
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    刺し網で漁獲されたカスベ(エイの一種)

「正直言うと、将来的に何か商品を作りたいと考えていたので、いきなり知らない人が、この商品いかがです? と売ろうとしても、誰も見向きもしないでしょう? だから、商品を発信するツールとして持っておきたかったというのが始めた一番の動機かもしれません」

まずはファンを増やそうと。なるほど、ちゃんと戦略があったんですね。それにしても、プランを立てるだけではなく、実行していく行動力。すごいです。

「なにかと忙しくてYouTubeの更新もなかなかできませんが、日々、ワクワクするようなことをしたいと思っているので。一番はこの苫前の町を元気にすること。じゃ、今何をすべきかって考えると、自ずと体が動くんですよ」

動画からは苫前の海がとても豊かなことが伝わってきます。みなさんも、タコを食べてこの海の未来を守るプロジェクトに参加してみませんか?

ReTAKO
(inaka BLUE)


住所
北海道苫前郡苫前町124番地の5
公式サイト
https://inakablue.jp/
YouTube
漁師たこーいち/北海道のひだりうえ
https://www.youtube.com/@tako-ichi

取材・文

遠藤 成

遠藤 成(えんどう せい)

編集者・ライター
神奈川県出身。2009年に出版社を退職後、ヨットで日本を一周。全国の漁港に寄港するうちに、漁業の多様さに興味を持ち、水産関連の記事を手掛けるようになる。(一財) 東京水産振興会が運営する「豊海おさかなミュージアム」においては、特別企画展の展示資料(パネル・解説ノート)の制作や、ミュージアムHP掲載のエッセイ「今月の魚」の執筆なども担当している。趣味は世界各国の魚図鑑の収集。

豊海おさかなミュージアム ウェブ版解説ノート 
https://museum.suisan-shinkou.or.jp/guide/

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