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vol.21
2021.5.21

伊勢志摩備長炭の職人が見つめる、相賀浦(おおかうら)の海[後編]アリストダイバーズ 大矢 和仁さんマルモ製炭所 森前 栄一さん

海跡湖に臨むダイビングショップ

日焼け顔の男性がウェットスーツ姿で舵を操り近づいてくる。ボートを寄せる。桟橋に寄せると、後ろに乗っていた若い女性が立ち上がり、潜水機材を降ろす準備を始めた。

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女性客を連れてガイドから戻ってきた大矢さん。

“アリストダイバーズ” のオーナーでダイバーの大矢和仁さんが、海中ガイドから戻ってきた。さきほど(前編)、区長から教えてもらったこのダイビングショップは、海跡湖の大池に臨む砂州の浜にあった。真珠養殖場だった小屋と桟橋を買い取って改装したそうだ。

志摩半島の南岸、五ヶ所湾の太平洋口にある三重県南伊勢町相賀浦は、古くからの漁村集落。入り江の奥は砂州に閉じられた海跡湖で、海水の流入が少なく、山からの栄養豊かな水をたたえている。相賀浦はもともとカツオ船などの遠洋漁業の基地で、一時期は真珠養殖も盛んだったが、現在は沿岸漁業が中心。海岸林や岩礁のおかげで幅広い魚種が生息し、エビやタコ、アワビなどもよく獲れる。

それはそのまま、生き物の姿や地形を楽しむダイビングの魅力にもなっている。

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相賀浦の海底で見つけた海のアーチ。
(アリストダイバーズ提供)

ボートを降りた女性は「めちゃめちゃきれいだった!」と興奮ぎみで、海中のアーチやカラフルな魚の群れ、ウミウシのような生き物を見たと教えてくれた。

「漁業者との共存」がポリシー

志摩市出身の大矢さんは、本店のある英虞湾を拠点に海の美しさを紹介してきた。しかし、伊勢志摩全域においてレジャーダイビングができる場所は極めて少ない。沿岸漁業者が多く海女の素潜り漁との調整が難しいからだそうだ。しかし、そんな中でも初めて支店を出せたのが、五ヶ所湾の相賀浦だった。漁業権を統括する地元漁協と交渉し、伊勢エビ漁期(12月〜3月末)の漁場でのダイビングを制限するなど取り決めを交わして、1995年にオープンした。

「取り決め以外でも、カゴ網を見たらポイントを変えたりしています。『漁業者との共存』がうちのポリシーですから」と、大矢さんは言う。

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豊富な知識とガイド経験をもとに、海底の絶景や生き物たちとの出会いに導いてくれる。

伐採地の下の海はどうなっていた?

さて、ここを訪ねたのは炭焼き職人森前栄一さんのウバメガシの伐採が、直下の海にどう影響しているのか知るためだ。大矢さんは確かに先日、伐採地の下にも潜ったばかりだった。ただし、区長が言ったように環境調査でなく、観光PR事業への協力のためだった。何にしろ、特別な変化は見られたのだろうか?

「土砂が入ったような濁りは見られませんでした。ただ・・・」

—— ただ?

「ここ2、3年で海藻のない場所が急に増えたのが気になります」

海藻の死滅は、水温の上昇や土砂の流入、ウニによる食害などが原因とされる。ワカメなどの海藻に代わって白い石灰藻が岩場を覆い、元に戻らなくなる「磯焼け」の現象も各地で報告され、問題となっている。

「前は沖縄でしか見なかった魚も現れたり、水温が急に上がってるみたいなんですよ」

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炭焼き職人森前さんの伐採地付近から海を見下ろす。

これはもう、専門家を頼るしかない。志摩市にある三重県水産研究所に電話をかけた。

担当の研究者に、まず海藻の減少について尋ねた。昨今、ニュースで報じられている黒潮の大蛇行により海水温が上昇したのが主な要因とみていた。同研究所は熊野灘の水温を測定しているが、昨年夏は過去最高を記録した観測点もあり、五ヶ所湾にも影響したはずという。

次に、海岸林の伐採による漁場への影響を聞いた。電話の向こうがちょっと考え込んだ。

伐採の経緯や面積なども伝えると、規模が小さくわからないかもという回答。確かに、広い沿岸の海をつぶさに把握しているわけもない。担当者は「山仕事の方が海を気にしているのは、ありがたいですね」と付け加えた。

炭焼き職人が海を気にするわけ

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炭出し当日のマルモ製炭所。土窯を2基備え、薪割りなどのスペースもあるためかなり広い。

数日後、報告のため、再び森前さんが営むマルモ製炭所を訪ねた。ダイバーが見た限りで海に濁りはなかったが、専門家に聞いても詳しくは判らなかったことを伝えた。すると、「そうでしたか。まあ、海は広いしなあ・・・」と森前さん。すっきりしない結果も、想定済みのようだった。

ところでこの日の製炭所は、仕上げとなる炭出しの真っ最中。弟子の職人と2人でいつもより緊張したムードだった。

煙穴を除き閉じきっていた窯の中は、1000°Cに達する。それを開き、エブリと呼ぶ3mはある長い棒を突っ込み、赤々ときらめく炭を取り出す。取り出したらフォークリフトで運び、灰と土を混ぜた消し炭をかけて冷ます。夜までに炭出しを終えて、土窯が冷める前に次の原木を中に仕込まなければならない。

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    炭出し直前、長いエブリで窯の中を探る森前さん。
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    窯からかき出される木炭の山。これに消し炭をかけて温度が下がると白い備長炭となる。
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    距離を置いてもじりじりと熱い窯の中を、のぞき込んでの作業が続く。

炭焼き職人には、どことなく孤独なイメージがつきまとう。昔話の中でも、人里離れた山にこもって黙々と・・・といったシーンが多い。森前さんはそれを変えたいと語っている。

「炭焼き職人だって外との付き合いが大事です。『山の段取り』もせんといかんし」

山の段取りとは、地権者と交渉して炭の材料を刈り出す山を確保すること。相賀浦の伐採地も、切り尽くすまでに次を見つけないといけない。

ウバメガシが生えるのは海際の斜面なので、法的な手続きだけでなく漁業者との関係作りが大事だ。加えて、緑豊かな国立公園で木を切ることへのまなざしもある。気配りが欠かせず、孤独ではやっていけない。この地域で弟子を育て、若い世代で製炭業をよみがえらせる夢もある。

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炭焼き職人を志望する移住者を受け入れ、育成している。

山仕事をしながら漁場のことを気にするのも、そういった意識からだろう。余談だが先日、山の上で作業をしていたら眼下の海にイルカを見つけたという。

「イルカの獲物になるだけの魚が、この辺りにおるんでしょう」

それは漁師にとって朗報だ。ダイバーの大矢さんも、喜ぶに違いない。

森・里・海のつながり

現地取材からは以上だが、遅れながら情報不足を補っておきたい。

日本における水辺の森と漁業との関係の歴史をひもとくと、「魚つき林」という言葉に行き当たる。海岸や湖岸、河畔の木々は魚を集めると経験的に知られ、江戸時代には厳しく管理されていた。現代では、木々の影による水温上昇の抑制、水面への砂の飛散の防止、魚のエサとなる虫の落下といった効果が認められ、魚つき保安林として法律で保護される場所もある。

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木々が水際まで迫る相賀浦の入り江。

とはいえ、海岸の木を切らなければいいというわけでもない。とくに再生の速い薪炭林は、林業や煮炊きのため適度に切られていた時代のほうが健全に維持されていた。ウバメガシも根っこを残して切れば、老いた幹をなくして若々しくよみがえる。

海岸林ひとつを調べてもきりがないが、近年は陸と沿岸の一体的な管理を提唱する「里海」の理念が広がり、森・里・海を総合的な視点で捉える新しい学問分野も動き出している(森里海連環学)。海から森や山を、森や山から海を考えることが、新しい常識となりつつあるのだ。

今回の取材は行き当たりばったりで反省点が多かったけれど、森と海をめぐり、互いを思い合う人たちと出会えたのは大きな収穫だった。未来に向けて森の民も、海の民も、そして町のわれわれも、つながっていかなければならない。

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くさびを入れて矯正中のウバメガシ。木炭のエネルギー資源としての価値は再び注目されている。

アリストダイバーズ

TEL
0599-43-2868
URL
https://aristodivers.com/

マルモ製炭所

TEL
0599-65-3218(営業時間:午前8時〜午後8時)
URL
https://www.miemarumoseitan.com/
※ 参考文献
  • チャコール・コミュニティ編・岸本定吉監修『炭の神秘 炭博士にきく』
  • 松永勝彦著『森が消えれば海も死ぬ — 陸と海を結ぶ生態学第2版』
  • 京都大学フィールド科学教育研究センター編 ・山下洋監修『森里海連環学 森から海までの統合的管理を目指して』

取材・文

鼻谷年雄(はなたに としお)

ライター、編集者。ゲストハウスかもめnb.運営。
三重県出身。東京のテレビゲーム雑誌編集部勤務を経てUターン。ローカル雑誌編集者、地方紙記者として伊勢志摩エリアの話題や第62回伊勢神宮式年遷宮などを取材する。フリーランスとなって三重県鳥羽市にゲストハウスかもめnb.をオープン。同市の移住者向け仕事紹介サイト “トバチェアズ” のライター、伊勢志摩国立公園関連の出版物編集などを手掛ける。ときどきシャボン玉おじさんに変身。

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