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vol.21
2021.5.17

伊勢志摩備長炭の職人が見つめる、相賀浦(おおかうら)の海[前編]マルモ製炭所 森前 栄一さん

炭焼き職人の森前栄一さんが、こう言った。

「ウバメガシは根っこを残して切っとるから、土砂崩れにはならんし、スギやヒノキと違って、切り口の周りからすぐに新しい芽が出てきます。新陳代謝の遅い老木になる前に切ったほうが、山が荒れないんです。でも、実際に下の海にどう影響しているのかは、潜ってみんとわかりませんよね」

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根を残して伐採したウバメガシ。切り口の周囲から新芽が出て速いスピードで再生していく(萌芽更新)。

木を刈りながら、海が気になる

大阪から三重県南伊勢町に移住した森前さんは、相賀浦地区の海岸の山から、炭の原木のウバメガシを採っている。相賀浦は「おおかうら」と読み、志摩半島の付け根、伊勢志摩国立公園の南西の端に位置する漁師町だ。古くは遠洋に出るカツオ船が並び、昭和中期には真珠の養殖小屋がひしめき合っていた。今では遠洋漁船もわずかとなり真珠の養殖筏はなくなったが、伊勢エビやタコ、アワビなどの貝類や種類豊富な魚が穫れる好漁場として続いている。

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ウバメガシの伐採地で、山仕事の出で立ちをした森前さん。

ここでの伐採については地権者から権利を購入し、国立公園管理事務所の許可も取得していて、手続きに問題はない。それでも、海岸近くの森の木を伐採することが漁にどんな影響を与えているのか、「気になる」ということなのだ。

移住者が始めた「伊勢志摩備長炭」

森前さんは、10年前に単身で移住し、林業のアルバイトや炭焼きの修行を経て独立した。相賀浦地区から車で10分ほどの伊勢路地区に「マルモ製炭所」を開いた。近隣の山から原木を調達して、自作の窯で炭焼きを始めた。炭素率95%以上と高純度の備長炭で、火持ちがよく安定し、煙や臭いがほとんどないと評判が広がり、焼き鳥店や高級旅館で使われている。

平成30年に「伊勢志摩備長炭」の商標を登録。町役場もブランドを認定し、紀州備長炭にも負けない特産品に育てようと後押ししている。

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出荷用の箱に乗せた、マルモ製炭所の伊勢志摩備長炭。

最初に炭焼き小屋を訪れたのは、「口焚き」の日だった。炭焼きを始める段階で、窯の中の温度を上げるために入り口で薪を焚く。じゅうぶんになったら窯の入り口を塞ぎ、ウバメガシを炭化させる。その後は煙や臭いで窯の中の様子を探りつつ、大仕事の「炭出し」まで、あともう2週間程度かかるとのこと。

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マルモ製炭所の炭焼き小屋。炭窯で口焚きするかたわら、弟子の職人が機械で薪割り作業をしていた。

それだけ間が空くなら、ついでに森前さんが気にしていた山と漁場との関係のことも探ってみよう、と思い立った。

漁村と山人の長い付き合い

日を改めて相賀浦地区の田中保廣区長(以下、区長)にアポをとり、伺った。区長は、森前さんが伐採する山を持つ相賀浦生産森林組合の代表でもある。地元の漁師の田中廣光さん(以下、田中さん)も同席してくれた。

区長は、「山林の利用とか売却の話は来ますが、内容で判断しています。森前さんとは契約をしましたが、お断りした件もありますよ」と話した。漁師の田中さんは、沿岸や近海で伊勢エビやタイなどの魚を獲っていて、山林を削り道路や施設を開発する話は、気にならざるを得ない。「山から土砂が流れると、海の岩場の穴がふさがれてエビや小さい魚が隠れられなくなる」というのが理由だ。

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相賀浦地区の漁港。山からの水が注ぐ水路の出口に、海藻が繁茂しているのが見えた。

ただ、薪炭用の伐採には理解を示していて、「昔は自分らも、かまどの火を焚く薪を作るため、山の木を刈って運んどった。家の前の海から手こぎ船をこいで島につけて、根っこは残して切って・・・」と懐かしそうに振り返る。さらに、「『よなごの浜』に、一時期、炭焼きの家族が住んどったな。子どもが山を越えて小学校に通ってた。大変やったろうな」とも話した。地図を確かめると、『よなごの浜』は、学校のある集落からひと山はさんだはずれ。田中さんが若い頃の話で、昭和30年代以前のことのようだ。

文献をあたると、相賀浦地区には、鎌倉時代に平家の落人の子孫と伝わる「窯方(かまがた)」の一族が移り住み、海水を煮詰める塩作りを業としていた独特の歴史がある。近隣の山から薪を取るため、窯方は、先住漁師の「浦方(うらかた)」と取引や調整をしながら何百年と共存していた。

漁港に出て入り江を見渡すと、堤防の背後に山が迫っている。家々は坂道に沿って並び、足元の水路を通って山水がまっすぐ海に流れ落ちていく。歴史も、地形も、生活も、海と山がとても近い土地なのだ。

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停泊した漁船の上で漁師仲間と話す田中さん(左)。

結局、海の中は?

「それに、昔は遠洋漁業が中心やったから、沿岸の森のことでうるさくは言わんだと思います」と、田中さん。

なるほど。しかし相賀浦も沿岸漁業中心となり、大らかに受け止められていた時代でもない。海の中を確かめる手段があればいいのだけど・・・。

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高台の展望台から見下ろした相賀浦地区。太平洋が近い湾口で、長い砂州に隔てられた波穏やかな港を持つ。

区長が手がかりをくれた。「じつは、森前さんと契約した山林の下は岩ガキの漁場になっとるんですが、いまそこにダイバーが潜って、何か調べているみたいですよ」

なんと、それはすぐに行って確かめにいかなくては。

区長と田中さんにお礼を伝え、車に乗り込みダイビングショップがあるという砂州の浜へ走った。

後編へ続く

マルモ製炭所

TEL
0599-65-3218
URL
https://www.miemarumoseitan.com/
※ 参考文献

取材・文

鼻谷年雄(はなたに としお)

ライター、編集者。ゲストハウスかもめnb.運営。
三重県出身。東京のテレビゲーム雑誌編集部勤務を経てUターン。ローカル雑誌編集者、地方紙記者として伊勢志摩エリアの話題や第62回伊勢神宮式年遷宮などを取材する。フリーランスとなって三重県鳥羽市にゲストハウスかもめnb.をオープン。同市の移住者向け仕事紹介サイト “トバチェアズ” のライター、伊勢志摩国立公園関連の出版物編集などを手掛ける。ときどきシャボン玉おじさんに変身。

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