漁村の活動応援サイト
vol.59
2023.3.27

室戸にしかないものを伝えたい【前編】
大敷網漁と地域との関わり。
椎名大敷組合 橋本 健 さん

広大な海の景色を窓から望みながら車を走らせると、地面に大きな網が広がる港にたどり着きました。場所は高知県室戸市にある椎名漁港。

ここでは明治時代から百年以上続く大敷網漁(大型定置網漁)が盛んで、多種多様な魚介類が水揚げされています。

本取材記事は前編と後編にてご紹介します。前編では日の出前の大敷網漁に同行し、椎名大敷組合の組合長 橋本健さん(以下、橋本組合長)にお話を伺いました。

港から約10分。水深80mの海に仕掛けた椎名大敷網漁の様子。

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時刻は午前6時30分。日の出を迎える時刻の約30分前の椎名漁港では、大敷網漁師たちが出漁の準備を進めていました。

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海がまだ薄暗い状態の中で、迷うことなく漁師たちが乗りこんだ3隻の船が進んでいきます。そして、出港して約10分で水深約80mの海に仕掛けられた大敷網に到着しました。

大敷網漁は、まるで水族館。3隻の船上で見事に息を合わせる漁師たち。

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日の出前の光で、船の周囲が視認できるようになってきました。海中に仕掛けられた大敷網の上で3隻の船が直線状に並び終えると、漁師たちが掛け声や合図を取り合って揚網作業を開始します。

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椎名大敷組合の大敷網模型

大敷網の全長は約500mあり、役割の異なる複数の網で構成されています。3隻の船は第2箱網(写真参照)の左端から先端にかけて、漁師たちの手と船の動力を使ってロープを巻いて網を引き上げながら、魚を追い込んでいきます。

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24名の漁師たちの連携のとれた的確な動きに合わせて、船体が網の先端へと移動していきました。

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最初は直線状に並んだ3隻の船がコの字になると、網に入った魚の姿が見えてきます。

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ブリにサバ、ヤガラやアカメなど、漁師たちは大小さまざまな魚をタモ網ですくって、船へと移します。また、魚たちに紛れて大きなウミガメが入っていたため、漁師たちが力を合わせて網から引き上げました。

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破れた網は一時的に船上で補修

漁獲を終えると、漁師たちは息つく暇もなく港へ戻る準備や破れた網の一時的な補修作業を行います。3隻のうち1隻の船はもうひとつの小型定置網を引き揚げに向かい、2隻の船は帰港します。

港を出てから約1時間ほどが経ち、室戸の海は朝焼けに染まっていました。

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椎名大敷の漁師たちにとっては、日常の光景

魚は鮮度が命!水揚げした魚を迅速に選別。

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椎名漁港に戻ると、魚の選別作業の準備が整えられていました。

船を港に寄せた後、水揚げされた魚を大型選別機に移します。揚網作業同様に、テキパキとした動きで魚が魚種ごとに選別されていきます。

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メジロ(ブリ)
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ハガツオ
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アカメ(ホウセキキントキ)

小型定置網の揚網を終えた船が帰港して魚の選別を行い、漁協に魚を引き渡した時刻が午前8時30分ごろ。慌ただしい作業に一区切りがついて、漁師たちは朝ごはんを食べて休憩をとります。

そして、休憩後は網の補修や洗浄、交換などの作業をして午後2時30分に1日の仕事を終えます。

椎名大敷組合で働くひと

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椎名大敷組合(2023年1月時点)で働いている漁師さんは24名で平均年齢は40歳後半ほど。

橋本組合長 「定員としては33名なので、まだまだ人手は足りていない状況ですね。」

高齢化や人口減少に伴い、室戸市内の人員の受け入れや地元の口利きでの人員確保に限界が出始めたのが2014年頃。就職フェアへの参加や「むろと廃校水族館(NPO法人 日本ウミガメ協議会)」の紹介などによって、約8年間で8人の移住者が椎名大敷組合でIターン漁師になっています。

橋本組合長はUターンで水産業の世界に。

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橋本組合長 「(出身は)地元です。僕自身はUターンで椎名大敷組合に勤めました。」

橋本組合長は室戸市で育ち、高校を卒業してからは県外へ就職。約16年ほど愛知県名古屋市で働いていました。長い県外生活から室戸市へ帰ってきた際には、地域の人が喋る言葉が分からないこともあったと話します。

室戸市へUターンしたきっかけは、親の体調不良からでした。当時は一時的なUターンを想定していた橋本組合長。そこに、椎名大敷組合で事務所職員の欠員が出たという知らせが届きます。

橋本組合長 「合わなかったら辞めたらいいって言われて働いてみたものの、小さい集落なので噂になるんですね。今度、誰々の息子さんが帰ってきて働くらしいでって。それでおいそれと、やめられへんやないかとなりました。」

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椎名大敷組合に入る以前は、運送会社に勤めていた橋本組合長。伝票整理など事務や大型トラックの荷物の積み込み補助や配送の段取りなどを担っていました。そのため、椎名大敷組合に入って2年目には、短時間で効率的に業務を進める仕組み改善に着手。現在へと繋がっています。

前職と共通する部分が多くあったと話し、選別作業では半袖服でテキパキと動く姿が定着している橋本組合長。年齢を重ねて少し半袖は辛くなってきたと話しながらも、元気で溢れていました。

橋本組合長 「僕は全くの素人からでしたけど、魚に触れるのは楽しいですよ。」

椎名大敷組合で移住者がIターン漁師になりやすい理由

未経験であっても移住者が椎名大敷の漁師になりやすい理由の一つとして挙げられるのが、サラリーマンのように働ける勤務体制です。毎週土曜日がお休みで約8時間勤務、ゴールデンウィークやお盆休み、年末年始休みがあり、社会保険も整備されています。

2014年に室戸市椎名地区で初めてIターン漁師の移住者家族を受け入れた当時を振り返ると、橋本組合長自身としては心理的ハードルが低かったと話します。

橋本組合長 「椎名地区にウミガメ協議会がずっといたからだと思います。県外者が当たり前だったので、慣れていたのかもしれません。」

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むろと廃校水族館 外観
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生き物と触れ合える タッチプールの様子
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展示される生き物(ウツボ)の様子

ウミガメの調査や「むろと廃校水族館」の運営を行うウミガメ協議会と、椎名大敷組合をはじめ室戸市の東海岸に4つある大敷組合や団体は、持ちつ持たれつの協力関係を築いています。

橋本組合長 「漁師候補を連れてきてくれたり、むろと廃校水族館があるおかげで大敷網漁が注目される。プラスの面がたくさんあります。」

椎名大敷組合から見る海の変化

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椎名大敷組合の組合長 橋本健さん 組合事務所にて

近年の黒潮の大蛇行をはじめとした海の変化。椎名大敷組合においては、漁獲量が若干減少傾向にある程度で、年間を通して色んな魚種が獲れています。しかし、季節に応じて特定の魚が大量に獲れることが少なくなっていると橋本組合長は話します。

橋本組合長 「今の時期(1月末頃)であればサバがたくさん獲れて、スルメイカもたくさん獲れる。その次にブリがきて、サワラ、メジカ(宗田ガツオ)。まとまって季節の魚が獲れなくなっている状況には不安を感じています。」

その一方で、近年の室戸市では3月末から4月頭に春を告げるブリが多く水揚げされています。椎名大敷組合では、最も多い時で1日の漁獲漁が120トン。まさに、大漁です。

高知はカツオだけじゃない、室戸春ぶりの知名度向上を目指す。

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ブリが大漁の日の椎名漁港
【しいな遊海くらぶ 提供】

橋本組合長 「ブリは日本固有の魚でもっと注目されていいのかなと思っています。太平洋側の春はブリが旬ということと、室戸を色んな人に知ってもらいたい。高知県の魚ってカツオだけじゃないよって言いたいですね。」

春先に室戸市で獲れるブリは産卵期前のブリのため、脂のノリが良く美味しいと評判です。今後は室戸市で定置網漁を営む組合で結成された室戸市定置漁業振興協議会で、室戸で獲れる春先のブリを「室戸春ぶり」として売り出していきます。

橋本組合長 「室戸春ぶりの売り出しをきっかけにして、もっと広い取り組みに波及させていきたいと思っています。」

「しいな遊海くらぶ」が大敷網漁で獲れた魚を使った企画を実施。
【後編へ】

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ビーチコーミングワークショップの様子

橋本組合長 「椎名大敷組合で実現できないことを、しいな遊海(ゆかい)くらぶで形にしてくれます。」

海辺の暮らし体験サービスを提供する「しいな遊海くらぶ」では、これまで椎名大敷組合と連携して漁で獲れた魚を使った魚食イベントなどを実施してきました。橋本組合長もしいな遊海くらぶのメンバーの一人です。

後編では、しいな遊海くらぶの川島尚子さんに取り組みや地域の魅力などのお話を伺っています。前編と合わせて、ぜひご覧ください。

椎名大敷組合


住所
高知県室戸市室戸岬町1525-1

取材・文

濱地雄一朗 | Yuichiro.Hamaji

三重県で活動する地域ライター。三重県といっても東西南北、文化や自然・食と魅力で溢れていることに気づき、仕事もプライベートも探求する日々を過ごしています。専門は物産と観光、アクティビティ体験など。自身で三重県お土産観光ナビも運営中。

三重県お土産観光ナビ
https://mie-hamaji.com

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