—— 「なんちゃあない(何もない)って言う方が多くて。私から見るとそんなことなくて、盛り沢山でした。」
ここにしかないものをもっと伝えたいと話すのは、川島尚子さん(以下、尚子さん)。尚子さんはご家族で、2014年に神奈川県から高知県室戸市に移住。現在は椎名集落活動センター「たのしいな」の集落支援員として活動しながら、海辺の暮らし体験サービスを提供する「しいな遊海くらぶ」などの活動団体を仲間と共に立ち上げて、これまで地域になかった場を作り上げています。
本取材記事は前編と後編に分けてご紹介しています。前編では椎名大敷組合の組合長 橋本健さん(以下、橋本組合長)にお話を伺っていますので、後編と合わせてご覧ください。
川島 尚子
(かわしま なおこ)
高知県室戸市まちづくり推進課集落支援員(椎名集落活動センターたのしいな担当)、しいな遊海くらぶ企画運営、たのしいなこどもクラブ企画運営、2014年より高知県室戸市に移住、奈良県橿原市生まれ。
地域に埋もれている魅力をつないで、体験サービスとして提供。
取材で伺った日は高知県産業振興推進安芸地域本部の皆さんを迎え入れて、「椎名地区の港まち歩き体験(ミニバージョン)とビーチコーミング・クラフト体験」が実施されていました。
お庭には土佐備長炭の原料となるウバメガシの木があったり、台風よけに屋根瓦に網が張ってあったり、町の住民と交流したり。尚子さんのガイドで、ただ町を歩くだけではない特別な時間が流れていきます。
町を抜けると、打ち寄せる波の音が心地良い椎名海岸に到着。尚子さんから室戸市地域おこし協力隊の石原光さんにバトンタッチして、ツアー参加者はビーチコーミングの説明を受けます。
ビーチコーミングとは、海岸に打ち上げられた漂着物を収集することです。椎名海岸ではガラスの破片が波で丸く削られたシーグラスや貝殻など、いろいろなものに出会うことが出来ます。また、ビーチコーミングと合わせて海岸の清掃を実施。椎名海岸の景観の維持に貢献しています。
椎名海岸で拾った漂着物を覗くと、参加者ひとりひとりの個性が溢れていました。
ビーチコーミングを終えて「椎名集落活動センター たのしいな」に戻ると、拾い集めた漂着物でクラフト作りが始まりました。フォトフレームやイヤリング、マグネットなど、シーグラスや貝殻をあしらった世界に一つだけの雑貨が出来上がっていきました。
「椎名地区の町案内とビーチコーミング・クラフト体験」を終えた参加者からは、
—— 「ビーチコーミングは時間も忘れて、小さな子どもの頃の童心に帰りました。」
—— 「町歩きでは住民の方と触れ合えて、地域の顔が見れて良かったです。ビーチコーミングには子どもを連れて、また体験したいです。」
といった声が返ってきました。
震災をきっかけに室戸市に移住。旦那は未経験から大敷網漁師に。
東日本大震災当時、神奈川県で計画停電などの混乱をご家族で経験した尚子さん。震災の経験と夫の川島将さん(以下、将さん)の趣味がサーフィンであったこと、家族揃って魚が好きであったこと、田舎暮らしをしたいという思いから移住先を探していました。
—— 尚子さん 「夫が40手前になった時に焦り始めて、このままでいいのかなって。子どもがまだ保育所と小学校だったので、今ならまだ動けるけれど高校進学になったらもっと動きづらくなってしまうよねって。」
高知県が移住先の候補に挙がった理由は、家族旅行で高知に訪れた時の楽しい思い出からでした。ひろめ市場のお店の方との交流や宿の女将さんの優しい気遣いなど、出会った高知の人の温かさが尚子さんたちご家族の印象に強く残っていました。
尚子さんたちが高知県室戸市を移住した決め手となったのは、仕事と教育の面でした。室戸市には地元に高校があり、そして仕事として大敷組合から漁師の求人がありました。
—— 尚子さん 「漁師になれるの?って半信半疑でした。それでも、夫は魚が好きで漁師になれたら面白そうと。」
漁師と聞いて、何日も帰って来られない遠洋漁業をイメージしていたと話す尚子さんたち。実際には大敷網漁師は海に仕掛けられている定置網は港から近く、勤務形態はサラリーマン同様に給料制。ボーナスがあり、社会保障も完備されていることを知ります。
—— 尚子さん 「家族連れでもリスクがそれほどなく、船を購入して修業するということでもない。それなら、やっていけるかもしれないねっていう話になって。」
その後、2014年7月に将さんは高知県漁業就業支援センターの仲介で椎名大敷組合での3日間の短期研修に参加。そして、椎名大敷組合で漁師になることを将さんが決断して、2014年9月に室戸市にご家族で移住しました。将さんは椎名大敷組合初の県外移住者の漁師となりました。
知れば知るほど目が輝いた、室戸の魅力。
室戸市への移住が落ち着いた半年後、2015年から室戸市観光協会や室戸世界ジオパークセンターで働いていた尚子さん。仕事やプライベートで室戸を知れば知るほど、知らなかった地域の魅力が見えてきたと話します。
—— 尚子さん 「(移住する前に下見で)来たら、びっくり。魚はもちろん、野菜や柑橘、自然も、本当に豊かだなって思いますね。」
そして、2018年4月に尚子さん家族が暮らす椎名地区に「椎名集落活動支援センター たのしいな」が設立。施設立ち上げの検討委員会から携わっていた尚子さんは、現在、集落支援員となって地域の見回りや地域活動の活性化に取り組んでいます。
地域の取り組みを住民に周知する仕組み「たのしいな通信」
集落支援員の取り組みのひとつとして、地域の方に「椎名集落活動支援センター たのしいな」での活動予定や活動報告を伝える「たのしいな通信」の発行があります。2017年11月に集落支援員に着任してから、翌月より月1回の発行を続け、2023年12月発行分で第61号を数えました。たのしいな通信は、椎名地区の全世帯に配布されています。
—— 尚子さん 「最初は片面1ページがやっとだったんですよ。それが今では6ページに増えました。通信のすごいところは、組合長や館長の記事が掲載されていることです。」
たのしいな通信は、椎名大敷組合やむろと廃校水族館をはじめ地域で活躍する組織や団体の今を伝える内容が詰まっています。発行当初は小さな字が読めないという声から字を大きくしたり、全ての地域の祭りや行事を予定表に入れるなど、改良を重ねていきました。
—— 尚子さん 「冷蔵庫に貼っちゅうき(貼っているので)、通信を毎月読んでるわよといった声をいただいてます。」
やりたいを後押しして、できることを増やす。
尚子さんは2018年に「たのしいなこどもクラブ」、2019年には「しいな遊海くらぶ」、他にも複数の団体を仲間とともに立ち上げて活動しています。「たのしいなこどもクラブ」では地域の子ども同士が交流できる場をつくり、「しいな遊海くらぶ」では海辺の暮らしを体験サービスとして提供しています。
—— 尚子さん 「人が成長するのを見るのが、好きなんです。」
まずはやってみること。尚子さんが背中を押すことで、やってみたいことが形になっていきます。
—— 尚子さん 「こんなのあるよって地域の方が教えてくれたものを、どうしたら商品化できるかを常に考えています。やっぱり、よそから来た人の方が形にしやすいのかもしれません。」
イベントや体験サービスが形になると、そこに自然と地域の人が集まってきます。最初は魚料理に苦手意識があった子どもは、イベントを通して上手に料理を作れたことで自信を持ちます。何かを形にしていくためには、自分が手を出さないことも大切。そして、自分自身は最後までやりきることに覚悟を持つことと尚子さんは話します。
活動のこれからは、作り上げたサービスの質を高めていく。
今後は既に作り上げた体験サービスをベースに、修学旅行などの教育団体ツアーを受け入れられる体制を整えていく予定です。2023年からは、季節に応じた魚で地域を盛り上げる「室戸の海山めぐるお魚ドッグ」を一年を通して季節ごとに販売していきます。
—— 尚子さん 「私自身、まだまだやりたいことがたくさんあります。」
これから少子高齢化が進むことで、例えば元漁師さんの話が聞けなくなっていくことに危機感を持っていると話す尚子さん。実際にマグロ漁船に乗り、世界の海を巡っていた元漁師さんのお話には説得力があり、魅力で溢れています。
地域を思う人が組織を越えて、課題に向き合い、やりたいを形にしていく。大敷網漁が盛んな高知県最南東端の町では、Iターン移住漁師の嫁が地域のつなぎ役となって活躍していました。